2018年6月3日日曜日

Q:一般のイギリス人はいつからサンデーロースト(Sunday Roast)を食べるようになったの?

イギリスの習慣に「Sunday Roast」というものがあります。これは日曜日のお昼の食事で、ローストした肉、ソーセージ用の肉で作られた詰め物、ヨークシャープディング、ローストしたジャガイモ、人参、パースニップ、茹でた野菜、グレービー(肉汁ソース)から成っています。


©モリスの城

ビーフイーター

 

前回肉をローストするのは大仕事で犬が活躍(?)していたというお話をしました。また、ローストした肉が権力の象徴であったこともお話しました。ではいつからこの一般人のSunday Roastの習慣が始まったのでしょう。

 

Sunday Roastで調べてみると、様々な記事が、ヘンリー七世(14571509)の戴冠式に際し創設された国王衛士(the yeoman of the guard)が、ローストビーフを毎週日曜日に食べていたのがその起源だとしています。そのため彼らが「ビーフイーター(beefeater)」と呼ばれるのだと。(ちなみに「yeoman」は「農民」と訳されることがありますが、Thomas Prestonによると軍隊の階級を示すもので、射手の事だそうです。)



おちゃめ?なヘンリー八世

 

ところが、Thomas Prestonは『The Yeoman of the Guard: Their History from 1485-1885. And a Concise Account of the Tower Warders』の中で、ビーフイーターの起源を様々な説があるといいつつも、次のように説明しています。

 

ヘンリー八世(14911547)は、衛士の制服を着て変装し、臣民と交わるのが好きだったそうです。ある日、狩りでレディング修道院(Reading Abbey)に行ったときのこと。国王は衛士の制服を着て、身分を明かさず食事時に大修道院長を訪ねました。明らかに王様の一行であるこの男を大修道院長は歓迎し、自分のテーブルへ招きました。

 

その日のメインはローストビーフ。その食べっぷりに感心した大修道院長はその男に言いました。「あなたのように牛肉を思う存分食べられたら100ポンド払うんだがなぁ。残念ながら、私の弱った気難しい胃は、小さいウサギか鶏一切れしか消化しないのでね」

 
 

投獄!


それから数週間後、突然、大修道院長はロンドン塔に投獄されてしまいます。そして来る日も来る日も、牢の食事であるパンと水で我慢しなければなりませんでした。

 

するとある日、驚いたことに、大きなローストビーフの塊が持ってこられたではないですか。大修道院長は大喜びで貪り食いました。

 

そしてまた驚いたことに、そこへ国王が入ってきました。国王は、大修道院長の牛肉への食欲を取り戻したことへの代償に、100ポンドを求めました。大修道院長は100ポンドを支払い、牢から出されました。

 

それ以来大修道院長は衛士を見ると、ヘンリー八世が扮した牛肉食いの衛士(ビーフイーター)を思い出すようになったそうです。その話は言い伝えられ、繰り返し語られている間に形も変わったそうです。
 
(*当時の100ポンドは現在の価値に変換すると約600万円 http://www.nationalarchives.gov.uk/currency-converter/



現在のビーフイーター

 

ちなみに現在もロンドン塔に行くと塔を護衛している衛兵(the Yeoman Warders ––国王衛士ロンドン塔護衛部隊)「ビーフイーター」に会えます。

 

この逸話のように、ヘンリー8世はローストビーフ好きで知られていましたが、その護衛達が毎週ローストビーフを食べていたかは定かではありません。ですからそれがSunday Roastの起源だというこの説の信ぴょう性には疑問を感じます。



日曜日は特別な日

 

実はSunday Roastが普及したのは、19世紀後半になってからのことなのです。ビクトリア朝の時代には、労働者階級の人々は一週間に一度しか肉の塊を食べる金銭的余裕がありませんでした。ですから日曜日に通常小さな牛肉、豚肉、または羊肉の塊に、ジャガイモ、そして2種類の緑の野菜を食べました。

 

何故日曜日かというと、日曜日はパン屋さんが休みの日だからです。肉をローストできる台所がない人たちは、教会に行く前にパン屋さんに寄り、火を落とした空いたオーブンに肉を入れてもらって、教会から帰るときに程よくローストされた肉を家に持って帰りました。朝持って行った肉が、取りに行ったときには妙に小さくなっていたなんていうこともよくあったようです。パン屋さんがちょっと頂戴したりしていたのでしょうね。

 
©モリスの城
 

ヨークシャープディング

 

ローストと一緒に出てくるヨークシャープディングですが、これはプディングと言ってもデザートではなく、小麦粉と卵と牛乳でできたパンみたいなものです。たっぷりな熱々の油の中にタネを入れ、今はオーブンに入れて焼きますが、昔はローストしている肉の下において、炉火からの熱と落ちてくる肉汁や脂の熱で焼きました。

 

ヨークシャープディングが最初に文献に出てくるのは、1690年代にAnne Blencoweによって書かれたものです。最初は「dripping pudding(肉汁プディング)」と呼ばれていたそうです。

 

「ヨークシャープディング」と言われるようになったのは、Hannah Glasse1747年に出版された彼女のレシピ本でそう呼んでからです。

 

現在はローストと一緒に出しますが、もともとは前菜として、オニオングレービーか肉汁のグレービーと一緒に食べました。これは肉が充分になかったので、肉を食べる前にヨークシャープディングでお腹をいっぱいにさせることが目的です。



©モリスの城
 

肉汁は大切な栄養源


肉汁は大切な栄養源でした。ロースト用の串(spit)の下には落ちてきた肉汁を集めるようにトレイが置かれました。ローストしている間に肉がカサカサに乾かないよう、定期的に肉汁が肉にかけられました。これも串を回すspit boyの仕事でした。

 

19世紀になってよく使われるようになったbottlejackには、肉を吊り下げる大きなフックの上に金属の円盤が付いており、そこに小さいフックがいくつか付いていて、肉の脂を吊り下げるようになっていました。炉火からの熱で脂が溶け、少しずつ肉の上にそれが落ちるようになっていたので、料理人が肉汁を肉にかける必要がありませんでした。

 
©モリスの城
 
現在イギリスでよく使われているホウロウ製のロースターには、蓋にデコボコが付いており、いちいちオーブンから出さなくても、水分が肉の上に落ちてくれるようになっています。肉汁は、グレービーソースにして肉や野菜にかけて食べます。

©モリスの城

日曜日の過ごし方


Sunday RoastSunday Dinnerとも言われます。以前dinnerはお昼に食べるものであったと書きましたが(イングランド北部では未だにそうです)、日曜日に関しては、教会に行かない人でも、未だにメインの食事をお昼に取る人が多いようです。そしてお腹いっぱい食べたら、半分居眠りしながら、のんびりとソファの上で過ごすのです。



  
<参考文献> 
 
By a LADY (Hannah Glasseの事), 1747, The Art of Cookery made Plain and Easy (Hannah Glasse)
Colquhoun, Kate, 2007, Taste: The Story of Britain through its Cooking (Bloomsbury Publishing)
Malam, John, 2011, Yorkshire, A Very Peculiar History (Book House) 
Preston, Thomas, 1885, The Yeoman of the Guard: Their History from 1485-1885. And a Concise Account of the Tower Warders(Harrison and Sons) この内容が以下のウェブサイトで見れる。http://yeomenoftheguard.com/detailed.htm#henryvii