2019年3月30日土曜日

Q:イギリスの伝統的食料保存方法は? 食料保存の歴史

相変わらずイギリスは先行き不明。まだ合意なしのEU離脱の可能性もあり、食料危機に陥った場合に備えて、保存法について切実に考えさせられています。前回は、食料保存の場所についてお話ししました。日本でも代々家で梅干しを作ったり干し柿を作ったりしてきましたが、今回は、イギリス人が何世代にもわたって家庭で使用してきた、具体的な保存方法を紹介したいと思います。

 


塩漬け

 

昔は限られた資源の中、冬を越す価値のある家畜を除き、秋に屠殺されました。その肉は冬の間の保存食にされます。日本と同じ島国であるイギリスでは、海塩が取れますから、鉄器時代(紀元前800年〜西暦100年)には牛肉や豚肉の塩漬けが始まっています。

 

特に豚は脂分が多いので、塩漬けにしてもパサパサにならない為、保存に向いており、ベーコンやハムにされたり、塩水につけたまま保存されました。

 

塩漬けにされたのは肉だけではありません。魚も塩水につけられ、燻製にされました。キッパー(kipper)と呼ばれるものです。キッパーはニシンが多いですが、鮭も使われます。



ミイラのような燻製

 

炉に薪を使っていた人々は、煙突の中に肉や魚をぶら下げて燻製にしていました。ところが、特に都市部でそれは難しくなっていきます。1661年にJohn Evelynはロンドンの大気汚染についてまとめた報告書「Fumifugium」の中で、都市部の石炭を使った炉で同じようにすると、肉は「ミイラのようになって、カラカラに乾き、ダメなり、焦げて、ボロボロと崩れ落ちる」と述べています。19世紀の保存食レシピ本では、家の外に燻製室を作るよう勧めています。



ジェントルマンのポッティング

 

肉や魚を保存する方法で17世紀半ばからよく使われたのは「ポッティング(potting)」と呼ばれるものです。これはフランス料理のパテに似たもので、通常パテよりも粗いものです。

 

スパイスと塩で味付し、何時間にもわたって火を通した肉をペースト状にしてビンに入れ、その上にバターや脂の層を作り封をすることで、長期間保存できます。

 

 16世紀のライターHugh Plat15521608年)によると、ポッティングをした肉は3週間から4週間は持ったそうです。鳩やヤマシギなど小さい鳥に向いていたようですが、白鳥や雁もポッティングされたそうです。

 

今は缶詰になっているコーンビーフはポッティングされた牛肉です。イギリスでよく見る「Gentlemans relish」はアンチョビをポッティングしたもので、フランスに住んでいたイギリス人John Osborn1828年に発売しました。

 


 

襟?


また肉や魚を「コラー(collar)」にするのも保存方法の一つです。コラーというのは、ロール巻きにして襟(collar)のようにすることです。この方法は17世紀後半に出版されたレシピ本にも載っています。

 

牛肉の場合、まず塩水か硝酸カリウム水に1週間つけ、乾かしてからスパイスをふりかけ、固く丸めます。それを燻製にする場合もありますが、その後ワインやお酢で煮込みます。レシピによってはそれに重しを乗せて平らにし、オーブンで焼くというものもあり、そうすると食料保存室で3ヶ月はもつそうです。



中味は金持ちが、外は貧乏へ

 

また、パイにするというのも、肉を長く持たせる方法です。パイと言っても層になっているパイ生地ではなくて、小麦粉とラードと塩とお湯を混ぜて作るシンプルで硬いペーストリー生地のものです。

 

このパイの入れ物はコフィン(coffyn)と呼ばれ、裕福な人は中身だけ食べて、コフィンは貧しい人に与えられました。中身の肉にスパイスと塩を混ぜることで保存期間を延ばしますが、それに加えて、焼きあがったパイの中にゼラチンを入れて冷やすことで、肉の周りに膜を作ります。こうやって作られたパイは、パントリーで1週間は保ったそうです。

 

ちなみに、私はポークパイを温めて出して、イギリス人に怒られました。温かい方が美味しいと思ったのですが、これは冷たいまま食べるものだそうです。
 
 

卵のピクルス


野菜の長期保存方法は酢漬けのピクルスが主流です。18世紀のフードライターHannah Glasse1708-1770)のレシピ本を見てみると、玉ねぎ、アーティチョーク、カリフラワー、キャベツから豚肉、サバ、くるみ、レモン、桃、ベリー類、マッシュルーム等など、野菜だけでなく果物やナッツなどあるとあらゆるものピクルスのレシピが載っています。

 

それから忘れていけないのは、ゆで卵のピクルス。これはイギリスのパブやフィッシュ&チップスショップに行くと必ず置いてあります。ちなみにピクルスは2年ほど保つそうです。



ピカリリ


ピクルスでも「スウィートピクルス(sweet pickles)」と呼ばれるものがあります。「ピカリリ(piccalilli)」がその代表的なものです。ピカリリは17世紀後半から作られるようになりました。野菜は通常大きく切り、生姜やオールスパイス、クローブといったスパイスで味をつけ、軽く火を通して漬けるものです。


 

インドから紹介されたチャツネ


ピクルスと似ているものにチャツネがあります。チャツネはもともとインドの薬味・調味料で、18世紀にイギリスがインドを植民地化した時にイギリスに紹介されました。ピクルスと似てはいますが、ピクルスは野菜や果物そのまま、または大きく切ったものを漬けるのに対し、チャツネは細かく切った野菜や果物を使い、時間をかけて煮て作ります。そのため食感はジャムに近いです。お酢の他にスパイスや砂糖を使います。これも2年ほど保ちます。

 

レリッシュ


ピクルスの一種に「レリッシュ(relishes)」呼ばれるものがあります。これは野菜や果物をさいの目に切り、短時間煮たものです。レリッシュは辛いと同時に甘酸っぱいのが特徴です。ピクルスやチャツネのように寝かせる必要はなく、1年ほど保ちますが、開けたら冷蔵庫に入れて保存しなければいけません。

 

ジャム


次はお酢に変わって砂糖を使った保存法です。砂糖は18世紀に植民地から大量に入手され安価になるまで庶民には手の出ないものでした。ですから、昔は砂糖の代わりに蜂蜜を使って肉や果物を保存しました。

 

まずは定番のジャム。ジャムの果物は細かく切ってあるか、潰してあるかしてあります。これは1年ほど保存できます。



ゼリーではないゼリー

 

ジャムに似ているけれど透明なのが「ゼリー(jelly)」です。これは日本でいうデザートのゼリーとは違います。うちの庭にある姫リンゴで私もゼリーを作りますが、果物を水で煮た後に濾してから砂糖を入れ、再度煮詰めるのが特徴です。果肉は入っていません。

 

 

他にもあるジャムの一種


「プリザーブ(preserves)」というのはジャムの一種です。違うのは果物がつぶれていなく、丸ごとか、大きいまま入っているということです。ベリー類がよく使われます。

 

「コンサーブ(conserves)」は容量に対して果物の量が多く、何種類かの果物やナッツ、ドライフルーツやスパイスを混ぜて作ります。

 

実際のところ、現在はジャム、ゼリー、プリザーブ、コンサーブという言葉はあまりきちんと使い分けされていなく、ジャムと書いてあってもゼリーみたいだったり、コンサーブと書いてあってもジャムだったりもします。

 

マーマレードは熊のパディントンの大好物ですね。これには柑橘系の果物を使います。クリスマスに頂いたマーマレードはレモン&ライムでした。マーマレードは2年保ちます。


フルーツバターとカード


「フルーツバター(fruit butters/フルーツスプレッド(fruit spread)」はバターではありませんが、バターのように塗ることができるのでこの名前が付いています。煮た果物をピューレにして、それに砂糖を加え、弱火でなめらかになるまで煮ます。ジャムよりも砂糖の量が少ないので、保存期間が短く(9ヶ月)、一度開けたら冷蔵庫で保存しないといけません。

 

「カード(curds)」は柑橘系の果物に砂糖、バター、卵を加えてクリーム状になるまで煮たものです。カスタードクリームのような食感です。カードは卵が入っているので、冷蔵庫で保存しないといけません。保存期間は1ヶ月です。


砂糖漬け


砂糖漬けも歴史のある保存法です。16世紀ごろから、果物をスライスしてオーブンで乾かしたり砂糖水で煮た後に砂糖の結晶で覆った、サッカード(succade)が作られるようになりました。果物だけでなく、パセリやレタス、人参、パースニップなども砂糖漬けにされました。



缶詰と瓶詰め

 

他に「ボトリング(bottling)」という方法があります。これについては次回ご説明しますが、この方法は1803年にフランス人のNicolas Appertによって発明されました。野菜は塩水に果物は砂糖水につけて瓶詰めにする方法です。瓶内を煮沸消毒することで長期保管が可能になります。

 

イギリスでは、世界大戦中や後の食糧難の時に、家庭菜園で採れたものを保存する方法として積極的に行われました。

 

ちなみに、アメリカではこの方法のことを「カニング(canning)」といいます。缶(can)からきていると思うのですが、瓶詰めすることを指します。ところで、缶詰の技術もボトリングから派生しました。家庭で缶詰は作れませんが、缶詰はなくてはならない保存食ですね。



食料保存の知恵

 

今でさえ家庭に冷蔵庫や冷凍庫があり、住んでいる場所の季節に関係なく、世界中の食べ物が一年中手に入りますが、そうでなかった時代、食料保存は生きるために必要なものでした。今は便利になりすぎて、私たちの感覚は麻痺していますが、人災天災など何らかの理由で流通がストップした場合のことを考えると、少しずつでも自分で野菜や果物を育てたり、その保存法を学ぶことは、助けになるかもしれません。そうでなくても、スーパーに並んでいる缶詰や瓶詰を眺めながら、改めて何百年にわたって伝えられてきた食料保存の知恵の凄さを認識しているところです。



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 <参考文献>

Breverton, Terry, 2015, The Tudor Kitchen: What the Tudors Ate & Drank (Amberley Publishing Limited)
Colquhoun, Kate, 2207, Taste: The Story of Britain through its Cooking (Bloomsbury)
Davidson, Alan, 2014, The Oxford Companion to Food (Oxford University Press)
Davies, Norman, 2000, The Isles: A History (Macmillan)
Evely, John, 1661, Fumifugium: or, The Inconvenience of the Aer and Smoake of London Dissipated (W.Godbid, for Gabriel Bedel, and Thomas Collins)
Glasse, Hannah, 1780, The Art of Cookery, Made Plain and Easy, by a Lady
Harrison, Molly, 1972, The Kitchen in History (Charles Scribner’s Sons)
Jango-Cohen, Judith, 2005, The History of Food (Learner Publications)
Piggott, Stuart, ed., 1981, Agrarian History of England and Wales: Volume 1, Part 1, Prehistory (Cambridge University Press)
Robinson, James, 1847, The Whole Art of Curing, Pickling and Smoking Meat and Fish both in the British and Foreign Modes (Longman, Brown, Green, and Longmans)
Stavely, Keith and Fitzgerald, Kathleen, 2011, Northern Hospitality: Cooking by the Book in New England (University of Massachusetts Press)
Wright, Clarissa Dickson, 2012, A History of English Food (Arrow, reprint edition)

ガーディアン紙
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