2022年1月1日土曜日

Q:プディングとはソーセージ?デザート? プディングの歴史

クリスマスに義理の家族を訪ねた時に、こう言われました。「今日のプディングは、フルーツサラダとアイスクリームよ」。イギリスでは、プディングは食後のデザートを意味します。でもふと考えました。「プディングとは何ぞや?」

 

例えば、クリスマスプディングとは、ドライフルーツとパン粉とスパイスとブランデーを混ぜて蒸したものです。でも、ブラックプディングは、大麦やオーツ麦に豚の血と脂肪、ハーブ、スパイスを混ぜて作った、朝食に食べるソーセージです。ライスプディングは、お米とミルクを混ぜ焼いた、甘いおかゆのようなデザートです。ヨークシャープディングは、小麦粉と卵と牛乳を混ぜたバッター液を、オーブンで焼いたものです。そこに共通点は見当たりません。

クリスマスプディングの歴史
クリスマスプディング

プディングは種類がありすぎる


1719年にイギリスに旅行にきたフランス人フランソワ・マキシミリアン・ミッション(François Maximillian Misson)は『Memoirs and Observations in His Travels Over England』の中でこう書いて絶賛しています。

 

「プディングは、様々な種類があるので、描写するのが非常に難しい料理である。小麦粉、牛乳、卵、バター、砂糖、スエット、脊髄、レーズン等等がプディングの最も一般的な食材である。オーブンで焼いたり、肉と一緒に茹でたり、50種類の違う方法で作られる」 

 

ではプディングとは何でしょう?調べてみました。

 

 

プディング=内臓?

実は、プディングという言葉は、ラテン語のbotellus(ソーセージ・小腸)に由来すると考えられています。ロンドンのモニュメントの地下鉄の駅近くに、Pudding Laneという通りがあります。この通りにあるパン屋から出火して、1666年のロンドン大火が起ったのですが、私はずっと、プディングを作るパン屋があるから、そう呼ばれているのだろうと思っていました。

 

実は、この通りは、もともとそこにあったお店の看板から、Rother Lane(赤いバラ通り)と呼ばれていました。ところが、この通りの北側にあるイーストチープ通りには肉屋が多くあり、その肉屋がこの通りを通って、屠殺した動物の内臓などいらない部分をテムズ川の船に捨てていたため、「Pudding Lane」と呼ばれるようになったそうです。きっと行く行く内臓を落として行ったのでしょう。そこからも、プディングとは内臓を意味していたことがわかります。

 

では、どうして内臓がデザートを意味するようになったのでしょうか?腸詰の歴史は古く、西洋では、最初に記録されたのは、古代ローマ時代の4世紀末〜5世紀頭にアピキウスによって書かれた『De Re Coquinaria』だと言われています。そこには、穀物と家畜の血とスパイスを混ぜたブラック・プディング(Botellum sic facies)や、穀物のみや、鶏、豚、キジの肉をつめたホワイト・プディングも含まれているそうです。イギリスでの最初の腸詰についての記録は、アレクサンダー・ネッカム(Alexander Neckham)によるもので、1190年だそうです。

ブラックプディングの歴史
ブラックプディング ©モリスの城

ラテン語で書かれた『Norwich Leet Roll』というイングランド東部ノリッジの記録には、1287年に「pudinges」という言葉がでてきており、それは胃袋や腸に肉や内臓などを詰めたプディングのことのようです。「人間の食するに耐えないソーセージやプディングを、ノリッジの市場で売っていた」とあります。英語で最初に出てくるのは、1300年ごろにアイルランドで書かれた詩『The Land of Cokaygne』の中で、「podinges」と書かれています。

 

ハギスは実はイングランド料理だった?

さて、スコットランドには、「ハギス」という国民的料理があります。これは、羊の内臓を細かく刻んだものとオート麦、玉ねぎ、ハーブなどを羊の胃袋に詰めたものです。これもプディングの一種です。

これが最初に記録に現れるのは、13世紀のアングロノルマン語の文献ですが、その後イングランドのレシピによく含まれるようになりました。スコットランドの文献でハギスが最初に出てくるのは、16世紀初頭だそうなので、実はハギスはスコットランド料理である前にイングランド料理であったことがわかります。また、内臓を使うものの、これは貧しい人々の食べるものではなく、かなり裕福な階層の食べ物であったようです。

 18世紀末までには、すっかりスコットランド料理の位置を確立しているのですが、どうもそれは三人の文化人に負うところが多いようです。スコットランド人詩人ロバート・ファーガソン(17501774)、同じくアラン・ラムジー(16841758)、そしてロバート・バーンズ(17591796)です。ロバート・バーンズのハギスに捧げた詩は、いまだに、125日の彼の誕生日を祝うバーンズナイトで、ハギスを食する前に朗読されています。

ハギスの歴史
ハギス By Tess Watson, with a Creative Commons license
 

腸詰だけではない?


1584年に書かれたレシピ本『A Book of Cookrye』は非常に興味深いです。そこには、「煮込み・茹で肉」のセクションに、プディングのレシピが7種類載っています。「Puddings of a Swine(豚のプディング)」は豚の血と玉ねぎ、スエット(腎臓の脂)と豚肉を細かく刻んだものを腸詰めにし、茹でたものです。これはいわゆるソーセージですが、「White Puddings of the Hogges Liuer」は豚の肝臓とクリーム、パンとゆで卵、レーズン、デーツ、クローヴ、メース、砂糖、サフラン、牛のスエットを混ぜたものです。

 

さらに、「カブの根を使ってプディングを作る方法」「卵に入ったプディング」、さらには人参やキュウリを使ったものも載っています。つまり、この時点でプディングとは、腸詰だけでなく、何かに詰めて茹でた、またはシチューに入れて煮込んだものとなっています。

 

また、肉や内臓を使わないもの(卵−−でも羊の煮汁に入れて煮ますが)や砂糖やドライフルーツを使ったもの見られるのも面白いところです。とはいっても、以前に書いたように、肉とスパイスとドライフルーツを混ぜたものは、15世紀からイギリスで食べられていますから、驚くことではないのかもしれません。

 

 

布がプディングを変えた!


プディングの歴史の転換期は、17世紀前半に訪れました。胃袋や腸の代わりに布が使われるようになったのです。1615年の『The English Huswife』には、「Good Friday pudding」の作り方が載っており、そこにはグリットと呼ばれる大きめのオートミールに卵、牛乳、スエット、ペニーロイヤルを混ぜ、それをリネンの袋に入れて茹で、袋から取り出したら新鮮なバターを塗る、とあります。 

 

1615年のレシピ本『A Newe Booke of Cookerie』に載っている「ケンブリッジプディング」には、a faire cloath(手頃な布)」に入れて結び、茹でる、とあります。これはケンブリッジ大学の学食で出されていたプディングだそうです。

 

ちなみに、オックスフォード大学とケンブリッジ大学には、どのカレッジにも、そのカレッジ独特のプディングがあるそうです。基本はとてもシンプルで、パン粉とスエットとドライフルーツ。これに卵や牛乳を混ぜるものもあるそうです。オックスフォード大学トリニティカレッジのものは、卵、卵の黄身、ブランデー、スパイスが入っているそうです。

 
プディングクロス
プディングクロス

動物の内臓を使うとなると新鮮さが求められるので、数も時期も場所も限られますが、布を使うのであれば、いつでもどこでも作れます。しかも、内臓を使わなくなることにより、動物という連想を断ち切ることになったのではないかと想像します。そのため、プディングのレシピは、この後爆発的に広がります。

 

ところで、このレシピ本の中にでてくるプディングの中で興味深いのは「A Ryce Pudding」で、これは明らかにライス・プディングの先祖ですが、これも牛乳で煮たお米をフルーツと砂糖とスパイスと混ぜたものを内臓に詰めて茹でています。そういえば、スウェーデンにいたときに、スウェーデンのライス・プディング(risgrynsgröt)が、ソーセージのような形をした包装に入って売っていたのを覚えていますが、実はそれが原型だったのですね。

ライスプディングの歴史
ライスプディング ©モリスの城


プディングは茹でるもの

1660年に書かれたレシピ本『The Accomplisht Cook』には、プディングのセクションがあり、「他のやり方」を含めて、70種以上のプディングレシピが載っています。ハギスのような肉や内臓を含めた伝統的腸詰から、カスタードのような甘いものまで広く紹介されています。

 

調理法も、茹でるものだけでなく、焼くもの(ベイクドプディング)もあります。とはいえ、その中の一つのレシピには、「布にプディングを入れ、きつく結んでから熱湯に入れる(プディングを作るときは必ずそうするように)」とわざわざ書いてあるので、基本的にはプディングとは茹でるものだったと思われます。

 

また、ソーセージのセクションもあり、そこには、腸詰をしたら煙突のなかに吊るして燻製にすること、それか、「茹でてプディングとして食卓に出してもよい」と書かれています。つまり、ここでもプディングとは「茹でる」ものであったことがわかります。事実、この本の中には、鳥などに詰める詰め物(stuffing)についての記載もあり、そこにも「プディングとして食卓に出してもよい」と書いてありますから、それを「茹でる」ことだったのだと考えられます。

 

つまり、1617年頃までは、プディングとは「肉や内臓を細かく刻んだものや、パンや穀物やドライフルーツ、スパイスなどを混ぜたものを内臓(または野菜)に詰めたもの」、そして1660年頃には、そのように下ごしらえしたものを内臓や布に詰めたり、また詰めないでそのまま「茹でたもの」という定義になっているようです。

 

 

ヨークシャープディングのルーツ

 

1750年にウィリアム・エリスによって書かれた『The Country Housewife’s Family Companion』からは、プディングがいかに当時のイギリス人の生活の一部であったかがわかります。

 

 ハートフォードシャーでは、農夫たちには通常、小麦粉、牛乳、卵、ショウガの粉を混ぜ、布袋に入れて茹でたプディングを、主な食事であったお昼に出しているとしています。彼自身それを通常食べていて、それに豚肉の酢漬けを煮たものがあれば、満足だと書いています。

 

実は、これこそがヨークシャープディングの原型ではないかと思われます。これはいわゆるバッター液でできた「バッタープディング」で、ショウガは入れませんが、同じ材料を茹でる代わりに、ローストしている肉の下で肉汁で焼くようになったのがヨークシャー・プディングです。

 

以前に述べたように、ヨークシャー・プディングが最初に文献に現れたのは1690年代で、Anne Blencoweによるレシピです。最初は「dripping pudding(肉汁プディング)」と呼ばれており、「ヨークシャープディング」と言われるようになったのは1747年からです。

ヨークシャープディングの歴史
ヨークシャープディング ©モリスの城

彼はまた、特に大変な小麦の収穫時期2週間は、レーズンとスエット入りの プラム・プディング(Plumb pudding)を、茹でた牛肉や豚肉やベーコンと共に提供していたようです。

 

 

蒸しプディングの登場


1855年にエリザ・アクトンによって書かれた『Modern cookery, for private families』を読むと、19世紀半ばまでには、茹でるかわりに蒸したプディングが登場したことがわかります。どうも蒸したプディングのほうを好む人が多かったようです。でも、彼女は布に入れて茹でたほうが、型に入れるよりも完全に膨らむため、ふんわりすると、茹でる方法を勧めています。

 

ただし、ポレンタ(イタリアからの輸入品)やとうもろこしの粉(アメリカからの輸入品)でできたプディングやカスタード類のプディングは、水が入るとだめになるので、蒸すほうがいいそうです。

 

その場合、材料を混ぜたものを型やボウルに入れ、バターを塗った紙をのせ、小麦粉をふった布を結び蓋をし、布が水に浸からないように、上ではしを結ぶ。そして水の入った鍋にいれ、蓋をして蒸す、と書いています。陶器メーカーMason Cashは、1800年代初頭よりプディング用のボウルを作っています。

プディングの歴史
Mason Cashプディング用ボウル ©モリスの城

プディングの歴史
ビクトリア朝の貴族の館では様々な型がプディングに使われた ©モリスの城
 

プディングがデザートに

この本には、パサパサになったケーキをぼろぼろにし、カスタードをかけてオーブンで焼くといった「プディング」も紹介されています。これはそれまでのプディングの定義とははずれますが、現在の定義である「デザート」の域にはいるでしょう。

 

 彼女の本では、プディングと、イーストや重曹などの膨張剤が入っていたり、ヨーロッパから入ってきたであろう卵を泡立てて作るケーキとは、はっきり分けてありますが、19世紀末までには、食事の最後にプディングを食べることが一般的になった為、プディングは「デザート」という意味で使われるようになったそうです。

 

このように、ブラックプディングも、ライスプディングも、ヨークシャープディングも、クリスマスプディングも、もとをただせば内臓(またはその代用の袋)に入れて茹でたものだったのです。

 

次回は私たちにとって一番身近なプリン、カスタードプディングの歴史を見てみたいと思います。

 

 

 *ご興味があれば、こちらもどうぞ*

Q:イギリス人はクリスマスに何を食べていたの? 

Q:缶詰はいつできたの?

Q:家の中のよろい戸はいつできたの? 



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<参考文献>

 

A. W., 1591, A Book of Cookrye Very Necessary for All Such as Delight Therin. Gathered by A. W. (Edward Allde)

Acton, Eliza, 1859, Modern cookery, for private families (Longman, Browns, Green, Longmans, and Roberts)

Balic, Adam, 2013, “The Haggis”, from McWilliams Mark ed. Wrapped & Stuffed Foods: Proceedings of the Oxford Symposium on Food and Cookery 2012 (Prospect Books)

Cresswell, Julia, ed., 2010, Oxford Dictionary of Word Origins (Oxford University Press)

Davidson, Alan, 2014, The Oxford Companion to Food (Oxford University Press)

Ellis, William, 1750, The Country Housewife’s Family Companion (J.Hodges)

Hudson, William ed. 1892, Leet Jurisdiction in the City of Norwich During the XIIIth and XIVth Centuries: With a Short Notice of Its Later History and Decline, from Rolls In the Possession of the Corporation (B. Quaritch)

Markham, Gervase, 1623, Coventrey Contentments, or The English Huswife, containing The inward and outward vertues which ought to be in a compleat woman (I.B, for R. Iackson)

May, Robert, 1671, The Accomplisht Cook, or The Art and Mystery of Cookery (N. Brooke)

Misson, François Maximillian, 1719, Memoirs and Observations in His Travels Over England With fome Account of Scotland and Ireland, translated by Mr Ozell (D. Browne, A. Bell, F. Darby, A Bettesworth, F. Pemberton, C.Rivingson, F. Hooke, R. Cruttenden, T.Cox, F.Batley, F.Clay, and E.Symon)

Murrell, John,1615, A Newe Booke of Cookerie (John Browne)

Stow, John, ed. Kingsford, C L, 1908, A Survey of London. Reprinted From the Text of 1603 (Clarendon)

Sullivan Haskell, Ann, 1969, A Middle English Anthology (Wayne State University Press)

Ysewijn, Regula, 2016, Pride and Pudding: The History of British Pudding, Savoury and Sweet (Murdoch Books)

 

Mason Cash website