2022年6月19日日曜日

Q:カスタードプディングってプリンなの? プリンの歴史

前回プディングについて書きましたが、今回は、日本人の私たちにとって一番身近なプディング、プリンについて書いてみたいと思います。

 

 

プリン日本上陸

 

プリンの語源は英語の「カスタードプディング」だと言われています。西洋料理が日本に紹介された初期に出版された1872年の『西洋料理通』で、「プディング」は「ポッティング」として紹介されています。『西洋料理通』は、横浜に居留していたイギリス人が、日本の傭人に料理を命ずる時の控え帳をもとに、仮名垣魯文が出版したものです。プディングボウルに入れ茹でていますが、これはプリンとは別物のようです。

 

食文化研究家の畑中三応子氏によると、同年に出版された『西洋料理指南』に、卵黄、牛乳、砂糖だけで作る名無しのレシピが載っているそうです。その後さまざまな名前で記述されていたのが、明治終盤に「プリン」という名に落ち着いたそうです。

 

ということで、今回はプリンの歴史を追うために、カスタードプディングを調べてみました。

 

プリンの歴史
 

カスタードの歴史

 

まず、「カスタード」の部分の歴史を調べてみました。

 

カスタードに似たようなものは、古代ローマ時代にもあったようです。「“Cheese” patina」と呼ばれるものです。当時は砂糖の代わりにはちみつを使いました。

 

 

カスタードはフラン?

 

イギリスでは、1418世紀には、カスタードまたはチーズケーキのようなものがあり、「flawn」と呼ばれていたようです。「“Cheese” patina」に似たようなものかもしれませんが、残念ながら、「flawn」のレシピを見つけることはできませんでした。

 

flawn」はその後「flan」になり、19世紀にはタルトのことをさすようになります。

 

flawn」はもともと古フランス語の「flaon」からきたようなのですが、面白いのは、「flan」は現在スペインではプリンのことをいうようなのです。スペインの歴史はわからないので、いつから「flan」がプリンのことをさすようになったのかわかりませんが、関連が気になります。

 

 

カスタードの語源

 

Oxford English Dictionaryによると、カスタード(custard)の語源は、中英語の「crustade」で、これはさらにフランス語の「croustade」からきているようです。「crustade」も「croustade」も(ペーストリー生地でできた)パイのことです。閉じないので、どちらかというとタルトのようなものだったと思います。

 

1390年ごろに書かれた『Form of Cury』には、「肉のcrustade」と「魚のcrustade」のレシピが載っています。

 

 

15世紀のカスタード

 

私が見たカスタードの一番古いレシピは、1450年頃に書かれたレシピ本の中にありました。「Custard lumbardeは、coffynと呼ばれるペーストリー生地にカスタードとフルーツを入れて、オーブンで焼くものです。

 

このcoffynこそ、もともとはcroustadeだったのではないかと思います。カスタードはペーストリーに入れて焼くものだったからこそ、その名前がついたのかもしれません。

 

ちなみに、以前に書きましたが、イギリスでは、富裕層の人たちはペーストリー生地は食べずに、中身だけ食べ、生地は貧しい人たちに与えていましたから、このレシピでも便宜上ペーストリーに入れて焼いたものの、もしかしたら、富裕層の人たちはカスタードしか食べていなかったかもしれません。

 

 

焼きカスタード

 

その後も、「焼きカスタード」は、時代を通してレシピ本に載っています。今でもタルト形に入れて焼いた「カスタードタルト」は人気です。

 

カスタードタルト
カスタードタルト

 

カスタードプディングの歴史

 

では、「カスタードプディング」はどうでしょう? 前回のおさらいですが、「プディング」というのはもともと、動物の内臓に何かを詰めたのを茹でたものでした。17世紀の前半には、動物の内臓の代わりに、布を使うようになりました。

 

カスタードを「茹でる」という感覚がどうも理解できなかったのですが、茹でカスタードプディングのレシピがありました。18世紀のレシピで実際に作ってみましたが、布にバターをたっぷり塗り、その上に粉をたっぷりふるうのが、コツのようです。

 

 

17世紀の茹でカスタードプディング

 

1671年の『The Accomplisht Cook, or The Art and Mystery of Cookery』には「茹でるクリームプディング」のレシピが載っています。作り方は、クリームにメース、ナツメグ、ジンジャーを入れて沸騰させ、そこに卵(白身の半分はあわ立てたもの)、アーモンド、ローズウォーター、砂糖、粉を入れ、布に入れて茹でるというものです。

 

これに、甘口のサックワイン(酒精強化ワイン)、砂糖、バター、卵黄、アーモンドで作ったソースをかけていただきます。私たちの知っているプリンとはかなり違います。

 

これよりも昔のレシピが見つからなかったので、カスタードプディングは、プディングに布が使われるようになってからできたレシピなのかもしれません。

 

 

18世紀の茹でカスタードプディング

 

1795年の『The Experienced English Housekeeper, for the Use and Ease of Laides, Housekeepers, Cooks, &c.』に載っている「茹でカスタードプディング」を紹介しましょう。まず、クリームにシナモンスティックと砂糖を入れて沸騰させます。冷めたらそこに卵黄を入れ、弱火で結構固くなるまで掻き回しながら温めます。冷めたらバターを塗り粉をふった布に入れ、四十五分茹でます。白ワインと砂糖のソースに粉でとろみをつけ、バターを加えたソースでいただきます。

 

布に入れてそのままお湯に入れるので、カスタードを作ってから茹でるのですが、とても濃厚なカスタードという感じです。(ちなみに出来上がったものは、とてもお見せできるしろものではありませんでした。温度が低すぎたのかもしれません……)


プリンの歴史
カスタードを布に入れたもの

 

19世紀の茹でカスタードプディング

 

エリザ・アクトン1855年の『Modern cookery, for private families』の中で、カスタードのように、水が入るとだめになるものは、茹でるよりも蒸したほうがいいと言っています。彼女以降の茹でプディングのレシピでは、型に入れて、お湯をはった鍋の中に入れ、茹でています。

 

前回述べたように、プディングボウルで知られるMason Cashは、1800年代初頭よりプディング用のボウルを作っています。

 

プリンの歴史
布がつからない程度までお湯をはった鍋の中にこのまま入れて茹でる

 

彼女の「Common custard puddingのレシピは、卵に牛乳、砂糖、フレーバーを加えたものを茹でます。フレーバーにはレモンブランデー、ラティフィア(甘いお酒)を加えたり、レモンやオレンジで香り付けをした砂糖を使うことを勧めています。プディングには、甘いソースや、スグリ、干しぶどう、さくらんぼを煮たものを添える、と書いてあります。

 

18世紀のものとは違い、ボウルに材料を入れてそのまま茹でる(湯煎にする)のですが、クリームの代わりに牛乳、卵黄の代わりに全卵を使うので、かなり軽く、確かにプリンに似た食感です。

 

カスタードプディング
カスタードプディング、ラズベリーソースがけ

 

日本のプリンと違うイギリスのカスタードプディング

 

このように、19世紀の茹でプディングはプリンに似ていますが、茹でカスタードプディングは、日本のプリンとはちょっと異なります。やはり一番違うのは、カラメル味でないことでしょう。ほぼすべてのレシピがレモンかシナモンを使っており、ワインソースかフルーツソースをかけていただきます。

 

では、イギリスではカラメル味のプリンのようなものはなかったのでしょうか? それは次回に見てみたいと思います。

 

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<参考文献>

 

Acton, Eliza, 1859, Modern cookery, for private families (Longman, Browns, Green, Longmans, and Roberts)

Austin, Thomas, ed., 1964, Two fifteenth-century cookery-books : Harleian MS. 279 (ab 1430), & Harl. MS. 4016 (ab. 1450), with extracts from Ashmole MS. 1439, Laud MS. 553, & Douce MS. 55 (the University of Michigan Library website e-book)

Bailey, Nathan, 1753, An Universal Etymological English Dictionary (R. Ware, W. Innys, and J. Richardson, et al.)

May, Robert, 1671, The Accomplisht Cook, or The Art and Mystery of Cookery (Gutenberg ebook)

McGee, Harold, 2007, On Food and Cooking: The Science and Lore of the Kitchen (Scribner)

Raffald, Elizabeth, 1788, The Experienced English Housekeeper, for the Use and Ease of Laides, Housekeepers, Cooks, &c. (A. Millar, W. Law and R. Cater)

The Master Cook of King Richard II, translated by Samuel Pegge, c.1390, THE FORME OF CURY (The Project Gutenberg Ebook)

魯文編 1872 『西洋料理通』 萬笈閣 (国立国会図書館デジタルコレクション)

 

Oxford English Dictionary

Mason Cash website

畑中三応子「欧米には存在しない」純国産菓子プリンが”固めレトロ”に回帰するまで」(President Online 2021年7月29日)