2022年8月7日日曜日

Q:イギリスにはプリンはなかったの? プリンの歴史2

前回に引き続き、プリンの歴史をみていきたいと思います。

 

 

イギリスのプリンはフランスから?

 

実は、不思議なことに、カラメル味のプリンに相当するものは、イギリスではクレームブリュレかクレームカラメルです。ご存じだと思いますが、クレームブリュレは、カスタードの上に砂糖を焦がした硬いカラメルの層がのっています。クレームカラメルは、要するにプリンで、カラメルをカスタードの下に入れて火を入れるので、カラメルはソースとなります。ちなみに、どちらもフランス語です。日本のプリンがプディングからきたとしたら、どうしてイギリスではフランスからの輸入ものなのでしょう?

 

クレームカラメル
クレームカラメル

 

 

18世紀のクレームブリュレ

 

クレームブリュレがイギリスに紹介されたのは、1702年だと考えられています。フランス人シェフFrancois Massaialot1691年に出版したレシピ本『Cuisinier royal et bourgeoisが、その年に英語に翻訳され、イギリスで出版されました。その中で、クレームブリュレがそのまま直訳され「Burnt Cream」として紹介されています。その中ではバニラではなく、シナモンとレモンの皮そしてレモンピールで風味付けをしています。そして、カスタードが固まったら、その上に砂糖をちりばめ、暖炉の灰をすくうのに使われる小さなシャベルを熱して、それで砂糖を焦がします。

クレームブリュレ
クレームブリュレ
  

1788年に出版されたElizabeth RaffaldThe Experienced English Housekeeper』の中にも、「Burnt Cream」のレシピが載っています。このレシピでは、カスタードをオレンジのフラワーウォーターで風味付けをしています。砂糖を焦がすには、サラマンダーという、料理用の焼き色付け器を使うと書いてあります。

 

サラマンダー
Iron salamander, probably English, 18th century (Creative commons)

 

ケンブリッジ大学のバーントクリーム

 

ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジには、大学の紋章を焼き付けた「トリニティ・クリーム」というクレームブリュレがあります。「ケンブリッジ・バーントクリーム」とも呼ばれるこのデザートは、1879年からトリニティ・カレッジの学食で出されています。一説によると、ある学生が、スコットランドのアバディーンに行った時に口にし、レシピを持ち帰って、学食のシェフに作ってくれるよう頼んだとか。スコットランド女王メアリー・スチュアート(15421587)はフランスで育っているので、もともとは彼女が持ち帰って、スコットランドで作られていた可能性があるかもしれないとのこと。もちろん、そのスコットランドのシェフが、Francois MassaialotElizabeth Raffaldのレシピを見て作っていた可能性もあります。

 

Photograph by Rafa Esteve (Wikimedia commons)

 

バニラ味のカスタード登場

 

ところで、1859年の『Modern cookery, for private families』には、「French custards or creams」として、オーブンで湯煎をするやり方を紹介しています。そして、このレシピでは、風味付けにバニラが使われています。おそらく、これが一番プリンに近いレシピではないかと思います。また、全く別の項目ですが、「caramel」の作り方も載っています。記述から、すでにプロの製菓職人はカラメルを作って、ぺーストリーやヌガーに使っていたことがわかります。

 

 

カラメルの語源

 

ちなみに、カラメルはフランス語から英語になったようですが、その元はスペイン語の「caramel (現代の言葉ではcaramelo)」。そして、それはおそらくラテン語の「canna(サトウキビ)」+「mellis(ハチミツ)」からきているのではないかということです。そして、それはもとをただせば、アラビア語からきているかもしれません。

 

 

カラメル味のカスタード

 

1884年にアメリカで出版された『Hand-book of Practical Cookery: For Ladies and Professional Cooks: Containing the Whole Science and Art of Preparing Human Food』の中におもしろいレシピを見つけました。これを書いたPierre Blotはフランス人で、30代の時にアメリカに移住しました。「Creams or Crèmes au Citron」のレシピの中に、レモンではなく、「burnt sugar(焦がした砂糖)」で風味付けをする方法が載っています。その方法では、まずカラメルを作り、牛乳にそのカラメルを入れて熱して、カラメル味のカスタードを作ります。さらにはそれにローズウォーターやオレンジフラワーウォーターを加えています。

 

これが、私が見た最初のカスタード+カラメルのレシピです。

 

 

クレームブリュレの起源はスペイン?

 

実は、カラメル味のカスタード菓子の起源については、食歴史家の間でも意見が分かれるところなのです。

 

スペインのカタルーニャ地方には「Crema Catalana」というお菓子があります。それが最初に紹介されたのは『Libre de Sent Soví』(1324年)だそうです。Crema Catalana」もシナモンとレモンで風味付けをします。そして、クレームブリュレと同じく、上にまぶした砂糖を焦がします。

 

1691年のFrancois Massaialotのレシピも、現在のようにバニラではなく、シナモンとレモンで風味付けをしているところを見ると、やはりフランスのクレームブリュレは、もともとスペインからきたのかもしれません。また、前回書いたように、現在スペイン語でプリンを指す「flan」が、イギリスの中世ではカスタード/チーズケーキのようなものを指していたことを思えば、やはりプリンはスペイン生まれなのでしょうか。

 

 

日本のプリンはポルトガルからきた?

 

日本のプリンの語源ですが、私は個人的には、ポルトガル語の「pudim」からきたのではないかと思っています。Pudim flan(プディム・フラン)はまさにプリンのようなようなもので、「プディム」と「プリン」は音が似ているからです。ご存知のように、鎖国前はポルトガル船が日本に何度も来ていますし、鎖国中は交易はなかったものの、1860年に日葡和親条約と日葡修好通商条約を結んでいます。食文化研究家の畑中三応子氏によると、「プリン」と呼ばれる前には「プデン」と呼ばれていたこともあるそうですから。

 

プディムフラン
プディム・フラン

 

ポルトガルのプディムはイギリスから?

 

面白いことに、ポルトガルのpudimという言葉は英語のpuddingを語源としているようです。「pudim」の意味を英語で調べてみると、「卵、小麦粉、ミルクを使って作られたスイーツ」となります。ですから、「プディング」はもともとはイギリスから、「カスタードプディング」のこととして紹介されたのではないかと思います。料理研究家のClarissa Dickson Wrightは、イギリスのカスタードタルトとポルトガルのパステル・デ・ナタが似ている(生地は全く違いますが)ことから、チャールズ二世のキャサリン王妃が、チャールズの死後ポルトガルに帰った時に、レシピを持って帰ったのではないかと推測しています。キャサリン妃は、以前書いたように、イギリスに紅茶を広めた当人。もし彼女が紅茶をイギリスに広めて、カスタードを使ったデザートをポルトガルに持って帰ってきていたら? 想像が膨らみます。

 

地理的にいって、スペインからプリンが入ったと考えるのが自然ですが、スペインから「フラン」が紹介された時にはすでに「プディム」がイギリスから紹介されていたのかもしれませんね。ですから「プディム・フラン」なったのかと。

 

 

プリンは文化の混じり合ったもの?

 

このように、イギリスのカスタード+カラメルデザートはフランス経由できたようですが、プリンは、様々な文化が交わった結果なのかもしれませんね。

 

 

P.S.スペイン・ポルトガルの文化に詳しい方、ご教示ください!

 

―――

 

<参考文献>

 

Acton, Eliza, 1859, Modern cookery, for private families (Longman, Browns, Green, Longmans, and Roberts)

Andrews, Colman, 1997, Catalan Cuisine: Europe’s Last Great Culinary Secret (Grub Street)

Blot, Pierre, 1884, Hand-book of Practical Cookery: For Ladies and Professional Cooks: Containing the Whole Science and Art of Preparing Human Food (D. Appleton)

Dickson Wright, Clarissa,2011, A History of English Food (Random House)

Divar Campos, Eba, 2019 Elaboración de masas y pastas de pastelería – repostería (Ediciones Paraninfo, S.A)

Massaialot, Francois, translated by J.K., 1702, The Court and Country Cook (A. and F. Churchill and Mr Gillyflower)

Paston-Williams, Sara, 2007, Good Old-Fashioned Puddings (Pavilion Books)

Raffald, Elizabeth, 1788, The Experienced English Housekeeper, for the Use and Ease of Laides, Housekeepers, Cooks, &c. (A. Millar, W. Law and R. Cater)

 

Cambridge Dictionary

Online Etymology Dictionary

Trinity College Cambridge website

WordSense Dictionary

 

畑中三応子「欧米には存在しない」純国産菓子プリンが固めレトロに回帰するまで」(President Online 2021729日)

 

Pudimのレシピはこちらを参考にしました。

http://portuguesediner.com/tiamaria/easy-caramel-flan/

 

 

2022年6月19日日曜日

Q:カスタードプディングってプリンなの? プリンの歴史

前回プディングについて書きましたが、今回は、日本人の私たちにとって一番身近なプディング、プリンについて書いてみたいと思います。

 

 

プリン日本上陸

 

プリンの語源は英語の「カスタードプディング」だと言われています。西洋料理が日本に紹介された初期に出版された1872年の『西洋料理通』で、「プディング」は「ポッティング」として紹介されています。『西洋料理通』は、横浜に居留していたイギリス人が、日本の傭人に料理を命ずる時の控え帳をもとに、仮名垣魯文が出版したものです。プディングボウルに入れ茹でていますが、これはプリンとは別物のようです。

 

食文化研究家の畑中三応子氏によると、同年に出版された『西洋料理指南』に、卵黄、牛乳、砂糖だけで作る名無しのレシピが載っているそうです。その後さまざまな名前で記述されていたのが、明治終盤に「プリン」という名に落ち着いたそうです。

 

ということで、今回はプリンの歴史を追うために、カスタードプディングを調べてみました。

 

プリンの歴史
 

カスタードの歴史

 

まず、「カスタード」の部分の歴史を調べてみました。

 

カスタードに似たようなものは、古代ローマ時代にもあったようです。「“Cheese” patina」と呼ばれるものです。当時は砂糖の代わりにはちみつを使いました。

 

 

カスタードはフラン?

 

イギリスでは、1418世紀には、カスタードまたはチーズケーキのようなものがあり、「flawn」と呼ばれていたようです。「“Cheese” patina」に似たようなものかもしれませんが、残念ながら、「flawn」のレシピを見つけることはできませんでした。

 

flawn」はその後「flan」になり、19世紀にはタルトのことをさすようになります。

 

flawn」はもともと古フランス語の「flaon」からきたようなのですが、面白いのは、「flan」は現在スペインではプリンのことをいうようなのです。スペインの歴史はわからないので、いつから「flan」がプリンのことをさすようになったのかわかりませんが、関連が気になります。

 

 

カスタードの語源

 

Oxford English Dictionaryによると、カスタード(custard)の語源は、中英語の「crustade」で、これはさらにフランス語の「croustade」からきているようです。「crustade」も「croustade」も(ペーストリー生地でできた)パイのことです。閉じないので、どちらかというとタルトのようなものだったと思います。

 

1390年ごろに書かれた『Form of Cury』には、「肉のcrustade」と「魚のcrustade」のレシピが載っています。

 

 

15世紀のカスタード

 

私が見たカスタードの一番古いレシピは、1450年頃に書かれたレシピ本の中にありました。「Custard lumbardeは、coffynと呼ばれるペーストリー生地にカスタードとフルーツを入れて、オーブンで焼くものです。

 

このcoffynこそ、もともとはcroustadeだったのではないかと思います。カスタードはペーストリーに入れて焼くものだったからこそ、その名前がついたのかもしれません。

 

ちなみに、以前に書きましたが、イギリスでは、富裕層の人たちはペーストリー生地は食べずに、中身だけ食べ、生地は貧しい人たちに与えていましたから、このレシピでも便宜上ペーストリーに入れて焼いたものの、もしかしたら、富裕層の人たちはカスタードしか食べていなかったかもしれません。

 

 

焼きカスタード

 

その後も、「焼きカスタード」は、時代を通してレシピ本に載っています。今でもタルト形に入れて焼いた「カスタードタルト」は人気です。

 

カスタードタルト
カスタードタルト

 

カスタードプディングの歴史

 

では、「カスタードプディング」はどうでしょう? 前回のおさらいですが、「プディング」というのはもともと、動物の内臓に何かを詰めたのを茹でたものでした。17世紀の前半には、動物の内臓の代わりに、布を使うようになりました。

 

カスタードを「茹でる」という感覚がどうも理解できなかったのですが、茹でカスタードプディングのレシピがありました。18世紀のレシピで実際に作ってみましたが、布にバターをたっぷり塗り、その上に粉をたっぷりふるうのが、コツのようです。

 

 

17世紀の茹でカスタードプディング

 

1671年の『The Accomplisht Cook, or The Art and Mystery of Cookery』には「茹でるクリームプディング」のレシピが載っています。作り方は、クリームにメース、ナツメグ、ジンジャーを入れて沸騰させ、そこに卵(白身の半分はあわ立てたもの)、アーモンド、ローズウォーター、砂糖、粉を入れ、布に入れて茹でるというものです。

 

これに、甘口のサックワイン(酒精強化ワイン)、砂糖、バター、卵黄、アーモンドで作ったソースをかけていただきます。私たちの知っているプリンとはかなり違います。

 

これよりも昔のレシピが見つからなかったので、カスタードプディングは、プディングに布が使われるようになってからできたレシピなのかもしれません。

 

 

18世紀の茹でカスタードプディング

 

1795年の『The Experienced English Housekeeper, for the Use and Ease of Laides, Housekeepers, Cooks, &c.』に載っている「茹でカスタードプディング」を紹介しましょう。まず、クリームにシナモンスティックと砂糖を入れて沸騰させます。冷めたらそこに卵黄を入れ、弱火で結構固くなるまで掻き回しながら温めます。冷めたらバターを塗り粉をふった布に入れ、四十五分茹でます。白ワインと砂糖のソースに粉でとろみをつけ、バターを加えたソースでいただきます。

 

布に入れてそのままお湯に入れるので、カスタードを作ってから茹でるのですが、とても濃厚なカスタードという感じです。(ちなみに出来上がったものは、とてもお見せできるしろものではありませんでした。温度が低すぎたのかもしれません……)


プリンの歴史
カスタードを布に入れたもの

 

19世紀の茹でカスタードプディング

 

エリザ・アクトン1855年の『Modern cookery, for private families』の中で、カスタードのように、水が入るとだめになるものは、茹でるよりも蒸したほうがいいと言っています。彼女以降の茹でプディングのレシピでは、型に入れて、お湯をはった鍋の中に入れ、茹でています。

 

前回述べたように、プディングボウルで知られるMason Cashは、1800年代初頭よりプディング用のボウルを作っています。

 

プリンの歴史
布がつからない程度までお湯をはった鍋の中にこのまま入れて茹でる

 

彼女の「Common custard puddingのレシピは、卵に牛乳、砂糖、フレーバーを加えたものを茹でます。フレーバーにはレモンブランデー、ラティフィア(甘いお酒)を加えたり、レモンやオレンジで香り付けをした砂糖を使うことを勧めています。プディングには、甘いソースや、スグリ、干しぶどう、さくらんぼを煮たものを添える、と書いてあります。

 

18世紀のものとは違い、ボウルに材料を入れてそのまま茹でる(湯煎にする)のですが、クリームの代わりに牛乳、卵黄の代わりに全卵を使うので、かなり軽く、確かにプリンに似た食感です。

 

カスタードプディング
カスタードプディング、ラズベリーソースがけ

 

日本のプリンと違うイギリスのカスタードプディング

 

このように、19世紀の茹でプディングはプリンに似ていますが、茹でカスタードプディングは、日本のプリンとはちょっと異なります。やはり一番違うのは、カラメル味でないことでしょう。ほぼすべてのレシピがレモンかシナモンを使っており、ワインソースかフルーツソースをかけていただきます。

 

では、イギリスではカラメル味のプリンのようなものはなかったのでしょうか? それは次回に見てみたいと思います。

 

 

―――

 

<参考文献>

 

Acton, Eliza, 1859, Modern cookery, for private families (Longman, Browns, Green, Longmans, and Roberts)

Austin, Thomas, ed., 1964, Two fifteenth-century cookery-books : Harleian MS. 279 (ab 1430), & Harl. MS. 4016 (ab. 1450), with extracts from Ashmole MS. 1439, Laud MS. 553, & Douce MS. 55 (the University of Michigan Library website e-book)

Bailey, Nathan, 1753, An Universal Etymological English Dictionary (R. Ware, W. Innys, and J. Richardson, et al.)

May, Robert, 1671, The Accomplisht Cook, or The Art and Mystery of Cookery (Gutenberg ebook)

McGee, Harold, 2007, On Food and Cooking: The Science and Lore of the Kitchen (Scribner)

Raffald, Elizabeth, 1788, The Experienced English Housekeeper, for the Use and Ease of Laides, Housekeepers, Cooks, &c. (A. Millar, W. Law and R. Cater)

The Master Cook of King Richard II, translated by Samuel Pegge, c.1390, THE FORME OF CURY (The Project Gutenberg Ebook)

魯文編 1872 『西洋料理通』 萬笈閣 (国立国会図書館デジタルコレクション)

 

Oxford English Dictionary

Mason Cash website

畑中三応子「欧米には存在しない」純国産菓子プリンが”固めレトロ”に回帰するまで」(President Online 2021年7月29日)





 

2022年1月1日土曜日

Q:プディングとはソーセージ?デザート? プディングの歴史

クリスマスに義理の家族を訪ねた時に、こう言われました。「今日のプディングは、フルーツサラダとアイスクリームよ」。イギリスでは、プディングは食後のデザートを意味します。でもふと考えました。「プディングとは何ぞや?」

 

例えば、クリスマスプディングとは、ドライフルーツとパン粉とスパイスとブランデーを混ぜて蒸したものです。でも、ブラックプディングは、大麦やオーツ麦に豚の血と脂肪、ハーブ、スパイスを混ぜて作った、朝食に食べるソーセージです。ライスプディングは、お米とミルクを混ぜ焼いた、甘いおかゆのようなデザートです。ヨークシャープディングは、小麦粉と卵と牛乳を混ぜたバッター液を、オーブンで焼いたものです。そこに共通点は見当たりません。

クリスマスプディングの歴史
クリスマスプディング

プディングは種類がありすぎる


1719年にイギリスに旅行にきたフランス人フランソワ・マキシミリアン・ミッション(François Maximillian Misson)は『Memoirs and Observations in His Travels Over England』の中でこう書いて絶賛しています。

 

「プディングは、様々な種類があるので、描写するのが非常に難しい料理である。小麦粉、牛乳、卵、バター、砂糖、スエット、脊髄、レーズン等等がプディングの最も一般的な食材である。オーブンで焼いたり、肉と一緒に茹でたり、50種類の違う方法で作られる」 

 

ではプディングとは何でしょう?調べてみました。

 

 

プディング=内臓?

実は、プディングという言葉は、ラテン語のbotellus(ソーセージ・小腸)に由来すると考えられています。ロンドンのモニュメントの地下鉄の駅近くに、Pudding Laneという通りがあります。この通りにあるパン屋から出火して、1666年のロンドン大火が起ったのですが、私はずっと、プディングを作るパン屋があるから、そう呼ばれているのだろうと思っていました。

 

実は、この通りは、もともとそこにあったお店の看板から、Rother Lane(赤いバラ通り)と呼ばれていました。ところが、この通りの北側にあるイーストチープ通りには肉屋が多くあり、その肉屋がこの通りを通って、屠殺した動物の内臓などいらない部分をテムズ川の船に捨てていたため、「Pudding Lane」と呼ばれるようになったそうです。きっと行く行く内臓を落として行ったのでしょう。そこからも、プディングとは内臓を意味していたことがわかります。

 

では、どうして内臓がデザートを意味するようになったのでしょうか?腸詰の歴史は古く、西洋では、最初に記録されたのは、古代ローマ時代の4世紀末〜5世紀頭にアピキウスによって書かれた『De Re Coquinaria』だと言われています。そこには、穀物と家畜の血とスパイスを混ぜたブラック・プディング(Botellum sic facies)や、穀物のみや、鶏、豚、キジの肉をつめたホワイト・プディングも含まれているそうです。イギリスでの最初の腸詰についての記録は、アレクサンダー・ネッカム(Alexander Neckham)によるもので、1190年だそうです。

ブラックプディングの歴史
ブラックプディング ©モリスの城

ラテン語で書かれた『Norwich Leet Roll』というイングランド東部ノリッジの記録には、1287年に「pudinges」という言葉がでてきており、それは胃袋や腸に肉や内臓などを詰めたプディングのことのようです。「人間の食するに耐えないソーセージやプディングを、ノリッジの市場で売っていた」とあります。英語で最初に出てくるのは、1300年ごろにアイルランドで書かれた詩『The Land of Cokaygne』の中で、「podinges」と書かれています。

 

ハギスは実はイングランド料理だった?

さて、スコットランドには、「ハギス」という国民的料理があります。これは、羊の内臓を細かく刻んだものとオート麦、玉ねぎ、ハーブなどを羊の胃袋に詰めたものです。これもプディングの一種です。

これが最初に記録に現れるのは、13世紀のアングロノルマン語の文献ですが、その後イングランドのレシピによく含まれるようになりました。スコットランドの文献でハギスが最初に出てくるのは、16世紀初頭だそうなので、実はハギスはスコットランド料理である前にイングランド料理であったことがわかります。また、内臓を使うものの、これは貧しい人々の食べるものではなく、かなり裕福な階層の食べ物であったようです。

 18世紀末までには、すっかりスコットランド料理の位置を確立しているのですが、どうもそれは三人の文化人に負うところが多いようです。スコットランド人詩人ロバート・ファーガソン(17501774)、同じくアラン・ラムジー(16841758)、そしてロバート・バーンズ(17591796)です。ロバート・バーンズのハギスに捧げた詩は、いまだに、125日の彼の誕生日を祝うバーンズナイトで、ハギスを食する前に朗読されています。

ハギスの歴史
ハギス By Tess Watson, with a Creative Commons license
 

腸詰だけではない?


1584年に書かれたレシピ本『A Book of Cookrye』は非常に興味深いです。そこには、「煮込み・茹で肉」のセクションに、プディングのレシピが7種類載っています。「Puddings of a Swine(豚のプディング)」は豚の血と玉ねぎ、スエット(腎臓の脂)と豚肉を細かく刻んだものを腸詰めにし、茹でたものです。これはいわゆるソーセージですが、「White Puddings of the Hogges Liuer」は豚の肝臓とクリーム、パンとゆで卵、レーズン、デーツ、クローヴ、メース、砂糖、サフラン、牛のスエットを混ぜたものです。

 

さらに、「カブの根を使ってプディングを作る方法」「卵に入ったプディング」、さらには人参やキュウリを使ったものも載っています。つまり、この時点でプディングとは、腸詰だけでなく、何かに詰めて茹でた、またはシチューに入れて煮込んだものとなっています。

 

また、肉や内臓を使わないもの(卵−−でも羊の煮汁に入れて煮ますが)や砂糖やドライフルーツを使ったもの見られるのも面白いところです。とはいっても、以前に書いたように、肉とスパイスとドライフルーツを混ぜたものは、15世紀からイギリスで食べられていますから、驚くことではないのかもしれません。

 

 

布がプディングを変えた!


プディングの歴史の転換期は、17世紀前半に訪れました。胃袋や腸の代わりに布が使われるようになったのです。1615年の『The English Huswife』には、「Good Friday pudding」の作り方が載っており、そこにはグリットと呼ばれる大きめのオートミールに卵、牛乳、スエット、ペニーロイヤルを混ぜ、それをリネンの袋に入れて茹で、袋から取り出したら新鮮なバターを塗る、とあります。 

 

1617年のレシピ本『A Newe Booke of Cookerie』に載っている「ケンブリッジプディング」には、a faire cloath(手頃な布)」に入れて結び、茹でる、とあります。これはケンブリッジ大学の学食で出されていたプディングだそうです。

 

ちなみに、オックスフォード大学とケンブリッジ大学には、どのカレッジにも、そのカレッジ独特のプディングがあるそうです。基本はとてもシンプルで、パン粉とスエットとドライフルーツ。これに卵や牛乳を混ぜるものもあるそうです。オックスフォード大学トリニティカレッジのものは、卵、卵の黄身、ブランデー、スパイスが入っているそうです。

 
プディングクロス
プディングクロス

動物の内臓を使うとなると新鮮さが求められるので、数も時期も場所も限られますが、布を使うのであれば、いつでもどこでも作れます。しかも、内臓を使わなくなることにより、動物という連想を断ち切ることになったのではないかと想像します。そのため、プディングのレシピは、この後爆発的に広がります。

 

ところで、このレシピ本の中にでてくるプディングの中で興味深いのは「A Ryce Pudding」で、これは明らかにライス・プディングの先祖ですが、これも牛乳で煮たお米をフルーツと砂糖とスパイスと混ぜたものを内臓に詰めて茹でています。そういえば、スウェーデンにいたときに、スウェーデンのライス・プディング(risgrynsgröt)が、ソーセージのような形をした包装に入って売っていたのを覚えていますが、実はそれが原型だったのですね。

ライスプディングの歴史
ライスプディング ©モリスの城


プディングは茹でるもの

1660年に書かれたレシピ本『The Accomplisht Cook』には、プディングのセクションがあり、「他のやり方」を含めて、70種以上のプディングレシピが載っています。ハギスのような肉や内臓を含めた伝統的腸詰から、カスタードのような甘いものまで広く紹介されています。

 

調理法も、茹でるものだけでなく、焼くもの(ベイクドプディング)もあります。とはいえ、その中の一つのレシピには、「布にプディングを入れ、きつく結んでから熱湯に入れる(プディングを作るときは必ずそうするように)」とわざわざ書いてあるので、基本的にはプディングとは茹でるものだったと思われます。

 

また、ソーセージのセクションもあり、そこには、腸詰をしたら煙突のなかに吊るして燻製にすること、それか、「茹でてプディングとして食卓に出してもよい」と書かれています。つまり、ここでもプディングとは「茹でる」ものであったことがわかります。事実、この本の中には、鳥などに詰める詰め物(stuffing)についての記載もあり、そこにも「プディングとして食卓に出してもよい」と書いてありますから、それを「茹でる」ことだったのだと考えられます。

 

つまり、1617年頃までは、プディングとは「肉や内臓を細かく刻んだものや、パンや穀物やドライフルーツ、スパイスなどを混ぜたものを内臓(または野菜)に詰めたもの」、そして1660年頃には、そのように下ごしらえしたものを内臓や布に詰めたり、また詰めないでそのまま「茹でたもの」という定義になっているようです。

 

 

ヨークシャープディングのルーツ

 

1750年にウィリアム・エリスによって書かれた『The Country Housewife’s Family Companion』からは、プディングがいかに当時のイギリス人の生活の一部であったかがわかります。

 

 ハートフォードシャーでは、農夫たちには通常、小麦粉、牛乳、卵、ショウガの粉を混ぜ、布袋に入れて茹でたプディングを、主な食事であったお昼に出しているとしています。彼自身それを通常食べていて、それに豚肉の酢漬けを煮たものがあれば、満足だと書いています。

 

実は、これこそがヨークシャープディングの原型ではないかと思われます。これはいわゆるバッター液でできた「バッタープディング」で、ショウガは入れませんが、同じ材料を茹でる代わりに、ローストしている肉の下で肉汁で焼くようになったのがヨークシャー・プディングです。

 

以前に述べたように、ヨークシャー・プディングが最初に文献に現れたのは1690年代で、Anne Blencoweによるレシピです。最初は「dripping pudding(肉汁プディング)」と呼ばれており、「ヨークシャープディング」と言われるようになったのは1747年からです。

ヨークシャープディングの歴史
ヨークシャープディング ©モリスの城

彼はまた、特に大変な小麦の収穫時期2週間は、レーズンとスエット入りの プラム・プディング(Plumb pudding)を、茹でた牛肉や豚肉やベーコンと共に提供していたようです。

 

 

蒸しプディングの登場


1855年にエリザ・アクトンによって書かれた『Modern cookery, for private families』を読むと、19世紀半ばまでには、茹でるかわりに蒸したプディングが登場したことがわかります。どうも蒸したプディングのほうを好む人が多かったようです。でも、彼女は布に入れて茹でたほうが、型に入れるよりも完全に膨らむため、ふんわりすると、茹でる方法を勧めています。

 

ただし、ポレンタ(イタリアからの輸入品)やとうもろこしの粉(アメリカからの輸入品)でできたプディングやカスタード類のプディングは、水が入るとだめになるので、蒸すほうがいいそうです。

 

その場合、材料を混ぜたものを型やボウルに入れ、バターを塗った紙をのせ、小麦粉をふった布を結び蓋をし、布が水に浸からないように、上ではしを結ぶ。そして水の入った鍋にいれ、蓋をして蒸す、と書いています。陶器メーカーMason Cashは、1800年代初頭よりプディング用のボウルを作っています。

プディングの歴史
Mason Cashプディング用ボウル ©モリスの城

プディングの歴史
ビクトリア朝の貴族の館では様々な型がプディングに使われた ©モリスの城
 

プディングがデザートに

この本には、パサパサになったケーキをぼろぼろにし、カスタードをかけてオーブンで焼くといった「プディング」も紹介されています。これはそれまでのプディングの定義とははずれますが、現在の定義である「デザート」の域にはいるでしょう。

 

 彼女の本では、プディングと、イーストや重曹などの膨張剤が入っていたり、ヨーロッパから入ってきたであろう卵を泡立てて作るケーキとは、はっきり分けてありますが、19世紀末までには、食事の最後にプディングを食べることが一般的になった為、プディングは「デザート」という意味で使われるようになったそうです。

 

このように、ブラックプディングも、ライスプディングも、ヨークシャープディングも、クリスマスプディングも、もとをただせば内臓(またはその代用の袋)に入れて茹でたものだったのです。

 

次回は私たちにとって一番身近なプリン、カスタードプディングの歴史を見てみたいと思います。

 

ーーー

 

<参考文献>

 

A. W., 1591, A Book of Cookrye Very Necessary for All Such as Delight Therin. Gathered by A. W. (Edward Allde)

Acton, Eliza, 1859, Modern cookery, for private families (Longman, Browns, Green, Longmans, and Roberts)

Balic, Adam, 2013, “The Haggis”, from McWilliams Mark ed. Wrapped & Stuffed Foods: Proceedings of the Oxford Symposium on Food and Cookery 2012 (Prospect Books)

Cresswell, Julia, ed., 2010, Oxford Dictionary of Word Origins (Oxford University Press)

Davidson, Alan, 2014, The Oxford Companion to Food (Oxford University Press)

Ellis, William, 1750, The Country Housewife’s Family Companion (J.Hodges)

Hudson, William ed. 1892, Leet Jurisdiction in the City of Norwich During the XIIIth and XIVth Centuries: With a Short Notice of Its Later History and Decline, from Rolls In the Possession of the Corporation (B. Quaritch)

Markham, Gervase, 1623, Coventrey Contentments, or The English Huswife, containing The inward and outward vertues which ought to be in a compleat woman (I.B, for R. Iackson)

May, Robert, 1671, The Accomplisht Cook, or The Art and Mystery of Cookery (N. Brooke)

Misson, François Maximillian, 1719, Memoirs and Observations in His Travels Over England With fome Account of Scotland and Ireland, translated by Mr Ozell (D. Browne, A. Bell, F. Darby, A Bettesworth, F. Pemberton, C.Rivingson, F. Hooke, R. Cruttenden, T.Cox, F.Batley, F.Clay, and E.Symon)

Murrell, John,1615, A Newe Booke of Cookerie (John Browne)

Stow, John, ed. Kingsford, C L, 1908, A Survey of London. Reprinted From the Text of 1603 (Clarendon)

Sullivan Haskell, Ann, 1969, A Middle English Anthology (Wayne State University Press)

Ysewijn, Regula, 2016, Pride and Pudding: The History of British Pudding, Savoury and Sweet (Murdoch Books)

 

Mason Cash website