プラム・プディングにはプラムが入ってなかった!
イギリスでクリスマスに食べる伝統的デザートはクリスマスプディングが一般的ですが、かなり濃厚なので、そのかわりにプラム・プディングを作ってみようと思いました。プラム・プディングは食の歴史の本でよく言及されており、プラムは好きなので、ちょっと趣を変えて作ってみようと思ったのですが……。調べてみたら、プラム・プディングとクリスマスプディングとは全く同じものでした。そして、プラムは使われていなかったのです。
そこでクリスマスプディングの歴史について調べてみました。
クリスマスプディングのドライフルーツ
クリスマスプディングとは、ドライフルーツとパン粉とスエットとスパイスとブランデーを混ぜて蒸したものです。デリア・スミスの「伝統的クリスマスプディング」のレシピでは、ドライフルーツにレーズン、サルタナ、カラントを使っています。
A family sit around a table eating their Christmas meal and greet the arrival of the plum pudding which is being carried in on a large tray by Cecil Ldin (Public domain) |
では、どうしてプラムが入っていないのに「プラム・プディング」と呼ばれるのでしょう?どうも、昔は「プラム」とはドライフルーツ一般を指していたようなのです。
イチジク、デーツ、プルーン、レーズンなどのドライフルーツは、中世にはイギリスで食べられていたことがわかっています。
ドライフルーツはどこから?
手元にあるカラント、サルタナ、レーズンを調べてみると、原産国はギリシャ、トルコ、南アフリカ、アメリカなど。イギリス原産のものはありません。
中世でも、地中海近辺から輸入したものもあったようですが、それでは庶民は手がでなかったでしょう。実は、どうも国内でとれていたようなのです。
イーリーには、大聖堂の近くに、1400年ぐらいに建てられた家があり、そこにはブドウの絵が描かれた壁画があります。現在は一本も残っていませんが、中世、大聖堂がまだ修道院だった時には、その庭にブドウがたくさん生えていたようです。ブドウはローマ時代からイギリスでとれ、プラムと共に中世には修道院の庭でも栽培されていました。それを考えると、ドライフルーツは意外に身近なものだったのかもしれません。
どうしてドライフルーツがプラムなの?
ではどうしてドライフルーツの総称が「プラム」だったのでしょう?実は、「plum」には現在の「plump」と同じ、「丸々とした」「ふっくらした」という意味がありました。ドライフルーツは水分につけて戻すと、ぷくっとふっくらします。きっとそのために、「プラム」と言われたのではないでしょうか。
フィギープディングにはフィグは入ってない?
ちなみに、クリスマスプディングはフィギープディング(figgy pudding)とも言われるのですが、いちじく(fig)も入っていません。「figgy」というのは、「いちじくのような」という意味ですが、「甘い」という意味で使われていたのです。つまり、「いちじくのように甘いプディング」という意味でした。
クリスマスプディングの元祖
さて、クリスマスプディングは、プラム・ポティージ(plum pottage)というものが元になっているといわれます。
「pottage」を英和辞典で調べると「ポタージュ」とでてきます。事実、中世フランス語の「ポタージュ(potage)」が語源です。「ポタージュ」というとオシャレな感じがしますが、ポティージというのは、まだ直火で料理をしていた時に、火に鍋をかけ、その中で野菜や穀物、そしてある程度裕福であれば肉を、とろとろと煮た素朴なシチューです。もちろん、レンジになってからも作られていましたが、今は特別な「田舎料理」でもない限り、目にすることも耳にすることもありません。
Old Cottage Fireplace and pets c1860s (public domain) |
食歴史家のアン・ウィルソンは、プラム・ポティージの歴史は15世紀のレシピに遡るとしています。「Stewet Beef to Potage」というレシピでは、一口大の牛肉を水、ワイン、玉ねぎ、ハーブ、クローヴ、シナモン、メース、レーズン、カラント、パン(とろみづけ)、紅木紫檀(食紅)で煮込んだもののようです。当時はクリスマスとは関係なく食べていたようです。
以前ミンスパイの記事でも書いたように、肉を保存する知恵として、肉とドライフルーツとスパイスを混ぜるレシピを、十字軍が中東から持ち帰ってきました。ですから、それ自体はイギリスでもすでに確立した組み合わせでした。
プラム・ポティージがクリスマス料理に
このポティージを最初にクリスマス料理と呼んだのは、1673年に出版された本『The Whole Body of Cookery Dissected』の中でのようです。この頃には、これにアルコール(クラレットまたはサック)が加えられ、事前に作られて陶器のポットの中で保存されていたようです。
プラム・ポティージはプラム・ポリッジともよばれ、クリスマスに食べられるようになると、クリスマス・ポティージ(またはポリッジ)とも呼ばれました。
1728年の「プラム・ポティージまたはクリスマス・ポティージ」のレシピによると、牛足を水で柔らかくなるまで煮、そこに赤ワインとストロングビール、クローヴ、メース、ナツメグ、リンゴ、カラント、レーズン、プルーンを入れ、牛足を最後に取り除いて食べます。
1695年に発表されたウィリアム・ウィンスタンリーの詩、『Now Thrice Welcome Christmas』には、「ミンスパイやプラム・ポリッジ;美味しいエールに強いビール」という一節があり、この頃からクリスマスに食べられていたことがわかります。
18世紀のスイス人トラベルライター、セザール・ド・ソシュールは1726年に、「国王から職人にいたるまで、スープを飲んでクリスマスパイを食べる。このスープはクリスマスポリッジと呼ばれ、外国人の口には合わない」と書いています。
このクリスマス料理も、19世紀前半には徐々にみられなくなってきます。
プラム・プディングの登場
さて、以前書いたように、プディングを作るのに布が使われ始めたのが17世紀初頭です。まもなく、1630年までには、プラム・プディングの記載が見られるようになりました。
1714年のレシピによると、プラム・プディング(Plumb pudding)を作るには、細かく刻んだスエット(牛脂や羊脂)にレーズン、粉、砂糖、卵、塩を合わせ、プディング用の布に包み、四時間以上煮る、とあります。
A woman takes a large plum pudding in a cloth bag off a hot stove in a kitchen by R Seymour 1830-1839 (public domain) |
1675年のクリスマスには、大英海軍の従軍牧師、ヘンリー・ティアンジが、船長とともに牛肉、プラム・プディング(Plumb pudding)、ミンスパイを食べたと記録していますが、先に書いたように、この頃はまだプラム・プディングよりもプラム・ポティージのほうがクリスマスには一般的でした。
ご馳走プディング
1750年にウィリアム・エリスによって書かれた『The Country Housewife’s Family Companion』によると、特に大変な小麦の収穫時期2週間は、カレントとレーズンとスエット入りの プラム・プディング(Plumb pudding)を牛肉と共に、農夫たちに食事として出しています。これから、プラム・プディングはクリスマスだけでなく、ご馳走として特別な日に出されたのだと想像できます。
ちなみに、プラム・プディングはデザートとしてではなく、現在のヨークシャープディングのように、ローストビーフと一緒に食べられていました。食後のデザートになったのは18世紀末ぐらいからです。
クリスマスプディングはディケンズへのオマージュ?
1845年のエリザ・アクトンのレシピによると、「クリスマスプディング」は、パン粉、粉、レーズン、カラント、リンゴ、スエット、砂糖、オレンジピール、ナツメグ、メース、塩、卵、ブランデーを混ぜ、三時間半煮る、とあります。18世紀のレシピに比べると、かなり濃厚になっていることがわかります。
この頃までには、ディケンズの『クリスマスキャロル』にみられるように、ブランデーを振りかけて火をつけるという習慣が広まりました。これは特別感を与え、通常に食べるプラム・プディングとは一線を画すようになりました。
Christmas_pudding_(Heston_from_Waitrose)_flaming by Ed g2s (Creative Commons) |
実は、プラム・プディングを最初に「クリスマスプディング」と呼んだのは、エリザ・アクトンだそうです。ディケンズの『クリスマスキャロル』が出版されたのが1843年。そして、彼女のレシピが出版されたのがその2年後。どうも、エリザ・アクトンはディケンズのファンで、そのレシピ本を彼に贈呈したとか。そして、食歴史家のペン・ヴォルガーは、彼女はディケンズの作品へのオマージュとして、このプディングを「クリスマスプディング」と名付けたのではないかと推測しています。
こうして、19世紀末までにはプラム・プティングはクリスマス限定の食べ物になり、「クリスマスプディング」となったのです。
<参考文献>
Acton, Eliza, 1865, Modern Cookery for Private Families (Longman, Green, Longman, Roberts, and Green)
Bradley, Richard, 1728, The Country Housewife and Lady’s Director in the Management of a House, and the Delights and Profits of a Farm (The Project Gutenberg)
Davidson, Alan, 2014, The Oxford Companion to Food (Oxford University Press)
Ellis, William, 1750, The Country Housewife’s Family Companion (J.Hodges)
Given-Wilson, Chris, 1996, An Illustrated History of Late Medieval England (Manchester University Press)
Gray, Annie, 2021, At Christmas We Feast: Festive Food Through the Ages (Profile Books)
Kettilby, Mary, 1714, A Collection of Above Three Hundred Receipts in Cookery, Physick, and Surgery (Richard Wilkin)
McLean, Teresa, 2014, Medieval English Gardens (Dover Publications)
Shanahan, Madeline, 2019, Christmas Food and Feasting (Rowman & Littlefield Publishers)
Volger, Pen, 2020, Scoff: A History of Food and Class in Britain (Atlantic Books)
Delia onlineウェブサイト
University of Leeds Library ウェブサイト
Oxford English Dictionary
Visit Elyウェブサイト
Ely Cathedral Monastery Tour