2019年1月17日木曜日

Q:黒パンアイスクリームって人気だったの?:氷室とアイスクリームの歴史 1

2018年末に、18世紀の氷室がロンドンで発掘されました。そのあたりに氷室があることは知られていましたが、今回、タウンハウス再築工事中に掘り出されたのです。

https://www.mola.org.uk/blog/18th-century-ice-house-re-discovered-beneath-streets-marylebone 



最古の商業用氷室?

 

1780年代にSamuel Dashの為に作られたこの氷室は、商業用のものとしては一番古いものだと考えられています。幅7.5m深さ9.5mの卵形で、煉瓦で出来ており、そのほとんどが地下に埋まっています。天井に小さな穴があり、そこから氷を中に下ろしました。氷が必要な時には、地上上部脇にある小さな廊下と階段を通って、中に入りました。

 

最初は地元の池や運河の氷を貯蔵していたと考えられています。イギリスに来たことのある人ならわかると思いますが、水辺は白鳥や鴨といった鳥たちの天国で、糞があらゆるところに落ちています。それだけでなく、当時のロンドンの池や運河の水は、下水も含まれ、かなり汚染されていましたから、ここに貯蔵された氷も、とても清潔とはいえなかったのではないでしょうか。 

 

Samuel Dashはビールの醸造関係の仕事をしていたらしいですが、その氷を販売していたのかは、現時点ではわかりません。

 
©モリスの城
 

氷室の歴史は古い


氷室自体は、昔から世界各地にありました。紀元前二千年にメソポタミアに作られたものが発掘されていますし、紀元前千百年の古代中国の記録もあります。日本では、西暦300年頃に仁徳天皇の異母弟である額田大中彦皇子が、大和国(現在の奈良県)に狩りに出かけた時に見つけた氷室のことが、日本書紀に書かれています。

 

イギリスでは、ウェールズのローマ軍の駐屯地にあった、氷用の地下貯蔵室(vaults for ice)についての記録が残っているそうです。古代ローマ人は、少なくとも西暦1年には、氷でワインのボトルを冷やしたり、デザートに雪を振りかけたりしていました。ローマ軍撤退後しばらくは、イギリスでの氷室についての記録はありません。



ヨーロッパの氷室

 

その間、ヨーロッパ、特にイタリアとフランスでは氷を楽しんでいたようです。1315世紀の間にヨーロッパから伝えられ、イギリスの修道院にも小振りの氷貯蔵室が作られました。16世紀末になると、裕福なフランス人の邸宅には氷室が作られるようになったと考えられています。池や堀から氷が切り出され、宮廷でワインのボトルを冷やすのに使われたという1580年の記録も残っています。



17世紀の氷室

 

でも、もっと長い期間氷を貯蔵できるような、洗練された氷室が作られるようになったのは17世紀に入ってからです。ジェームス1世(15661625)は、冷たいワインを楽しむ為、湖や川の氷を保存する、煉瓦製の「snow pit」を1619-20年に作らせたそうです。これは直径5m、深さ9mの煉瓦製の穴で、藁葺き屋根の木製の小屋がその上に作られました。

 

もう一つそれよりも小さなものも作られ、それは2層になっています。多分上の層には藁が敷かれて氷を貯蔵し、溶けた水が下の層に逃げるようになっていたと考えられています。氷の上には藁を被して断熱しました。5年後にはハンプトン・コートにも同じものを作らせています。


王政復古と氷室の流行

 

イギリス共和政(1649-1660)の期間、ヨーロッパに亡命していたチャールズ2世(16301685)は、その間にフランス王族貴族との交流があり、冷たいワインを楽しんでいました。1660年、彼は即位と同時に、Upper St James Park(現在のグリーン・パーク)に氷室を作らせます。イギリスの貴族たちはこぞって真似をして、自分たちの邸宅にも氷室を作らせるようになります。

 

 1693年に作られたチャッツワース(Chatsworth)の氷室の脇のアイスポンド(氷用の池)には、独自の水道システムがひかれ、猟場番人が常駐して、動物や鳥がそこに近づかないように目を見張っていたそうです。氷は必要に応じて氷室から取り出され、主に台所で、ワインを冷やすほか、魚や肉を冷却して傷まないようにするのに使われました。この時点では、やはり水質に問題があったからでしょう、食用としてはまだ使われていなかったようです。


18世紀後半に作られたBurghley Houseの氷室 ©モリスの城
 

氷のデザート


氷のデザートについて、最初にイギリスで記述があるのは、1671年の事です。日本では清少納言が「枕草子」(1001年頃に完成)にかき氷について記述してますので、イギリスよりも少なくとも670年早く、日本では甘い氷を楽しんでいたことになります。

 

中東や地中海沿岸諸国では、イギリスよりもずっと前から、シロップ状の飲み物に雪を入れて飲んでいたり、フルーツの味がついた氷を食べたりしていたようです。アラブ語で飲み物のことをsharabと言い、これがシャーベットの語源だそうですが、実際にシャーベットがどこでどのように発展したのかは諸説あります。 

 

アイスクリームに関しては、モンゴルの遊牧民が動物の胃袋でできた袋にクリームを入れ、極寒の中馬に乗っていたら、袋の中身がアイスクリーム状になっており、そこからヒントを得た中国人がアイスクリームを開発したという言い伝えもあります。どちらにしてもヨーロッパで、氷菓子の開発に熱心だったのは、言わずもがな、イタリア人とフランス人です。



クリームアイス

 

イギリス最初の氷菓子は、クリームアイス(cream ice)と呼ばれ、1671年のガーター騎士団との饗宴の席で、チャールズ2世にのみ出されました。それほど貴重なものだったのです。それがどんなものであったかは、イギリスで一番最初に氷菓子のレシピが紹介された本を見てみると、想像できます。

 

1702年に英語に翻訳された、フランス人シェフのFrançois Massialotの書いた本のレシピによると、彼は、沸騰させてろ過した水か、クリームをベースに、フルーツやハーブやフラワーウォーター等で味付けし、その液体の入った容器を、氷と塩の入ったバケツの中につけて凍らせました。その氷の塊をピラミッドのように盛り付け、フルーツやクリーム、ゼリーと共にテーブルに出しました。

 

 1718年にはイギリス人シェフ、Mary Ealesも氷菓子のレシピを紹介しています。彼女は細長いブリキ製のアイスクリーム缶(sorbetière)を使っています。

 

また、この頃から花や、フルーツや、動物の形をした、2.5cmから7.5cmほどの高さのある、小さな型も使われるようになります。この頃はまだ凍らすだけでしたが、1730年になると、Vincent La Chapelleが、冷凍途中で何度かかき回し、なめらかなアイスを作る方法を開発します。また、彼は水やクリームだけでなく、カスタードクリームをベースに使うようになりました。

アイスクリーム型 ©モリスの城
 

食料保存も


18世紀後半までには、すべての地方の貴族の邸宅の庭に氷室が作られました。手の込んだ造りのものだと、氷室の隣に部屋があり、そこに肉や魚や野菜などが貯蔵されました。氷の下や壁沿いには藁がひかれました。それは断熱材として使われただけでなく、溶けた水を吸い取り、他の氷が溶けるのを防ぎました。その目的の為に、木材の吊り床構造を持つ氷室も多数ありました。また、氷室の底に排水路があり、溶けた水が自然に池に戻るようになっているものもあります。ロンドンでも小規模の氷室が裕福な家には作られたようです。



アイスクリームの登場!

 

この頃までには、貴族だけでなく裕福な商人も、氷のデザートを楽しむようになり、1760年代には「アイスクリーム」と呼ばれるようになりました。1770年にMr Borellaが出版した『The Court and Confectioner』では、氷の塩加減を減らしてゆっくり凍らせることにより、よりなめらかなテクスチャーを作り出す方法を紹介しています。

 

また、変わったところでは、コリアンダーや紅茶、黒パン(brown bread)といった味付けも、ベリー類やチョコレート、コーヒーなどに混じって紹介されています。

 

1789年には、ロンドンの有名菓子店で働いていたFrederic Nuttが『The Complete Confectioner』を出版し、50種類以上の氷菓子を紹介しました。その中にはパルメザンチーズのアイスクリームもありました。Nuttはアイスクリームだけでなく、それに添えるものとして、シガー状に細く丸めたウエファースや、パリっと焼いた薄くて丸いメレンゲの作り方も紹介しています。



黒パンアイスは大人気

 

奇抜なテイストのアイスクリームはもっと最近の発明だと思っていましたが、実は18世紀から様々な試行錯誤がされていたのですね。黒パンの味のアイスなんて、どんなものかと思いますが、実はその後、19世紀のビクトリア朝には人気のフレーバーになったのです。

 

18世紀は王族貴族に出すレシピでしたが、ビクトリア朝には主に、硬くなったパンを使いきる節約レシピとして紹介されています。ビクトリア朝の栗原はるみ、Mrs Beetonだけでなく、何人もの他のシェフのレシピ本に紹介されています。

 

そして今、黒パンアイスはまた流行ってきているのです。21世紀の節約レシピ本ライターJack Monroeのパンを使ったレシピから、セレブリティ・シェフHeston Blumenthalのイーストを使ったレシピまで色々とあります。

 

それだけでなく、現在フードロスがイギリスでも深刻な問題になっていますが、その解決法として、残ったパンやナンを再利用し、アイスクリームにして出すレストランが出てきています。この意外な取り合わせのアイス、実はイギリスでは長い歴史を誇るデザートなのです。私も早速一番簡単なレシピで作ってみましたが、クッキー&クリームみたいで、でもそれよりももっと香ばしくて、美味しかったです。 


黒パンアイスクリーム ©モリスの城
 

さて、1820年代に、William Leftwichが文頭で紹介した氷室を入手し、徐々にアイスクリームが大衆のデザートとなっていきますが、この先は次回に。


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<参考文献>
Beaman, Sylvia P., and Roaf, Susan, 1990, The Ice-Houses of Britain (Routledge)
Buxbaum, Tim, 2014, Icehouses (Shire Publications)
Clarke, Chris, 2004, The Science of Ice Cream (Royal Society of Chemistry)
Colquhoun, Kate, 2007, Taste: The Story of Britain through its Cooking (Bloomsbury)
Jackson, Tom, 2015, Chilled: How Refrigeration Changed the World and Might Do So Again (Bloomsbury)
Lunde, Paul, ”The Iceman Cameth”, from Aramco World, vol.29, No.5, Sep/Oct 1978 issue
Selby, Anna, 2008, Victorian Christmas (Remember When)
Weiss, Laura B., 2011, Ice Cream: A Global History (Reaktion Books)

Historic England ウェブサイト
The Guardian 紙ウェブサイト