2022年8月7日日曜日

Q:イギリスにはプリンはなかったの? プリンの歴史2

前回に引き続き、プリンの歴史をみていきたいと思います。

 

 

イギリスのプリンはフランスから?

 

実は、不思議なことに、カラメル味のプリンに相当するものは、イギリスではクレームブリュレかクレームカラメルです。ご存じだと思いますが、クレームブリュレは、カスタードの上に砂糖を焦がした硬いカラメルの層がのっています。クレームカラメルは、要するにプリンで、カラメルをカスタードの下に入れて火を入れるので、カラメルはソースとなります。ちなみに、どちらもフランス語です。日本のプリンがプディングからきたとしたら、どうしてイギリスではフランスからの輸入ものなのでしょう?

 

クレームカラメル
クレームカラメル

 

 

18世紀のクレームブリュレ

 

クレームブリュレがイギリスに紹介されたのは、1702年だと考えられています。フランス人シェフFrancois Massaialot1691年に出版したレシピ本『Cuisinier royal et bourgeoisが、その年に英語に翻訳され、イギリスで出版されました。その中で、クレームブリュレがそのまま直訳され「Burnt Cream」として紹介されています。その中ではバニラではなく、シナモンとレモンの皮そしてレモンピールで風味付けをしています。そして、カスタードが固まったら、その上に砂糖をちりばめ、暖炉の灰をすくうのに使われる小さなシャベルを熱して、それで砂糖を焦がします。

クレームブリュレ
クレームブリュレ
  

1788年に出版されたElizabeth RaffaldThe Experienced English Housekeeper』の中にも、「Burnt Cream」のレシピが載っています。このレシピでは、カスタードをオレンジのフラワーウォーターで風味付けをしています。砂糖を焦がすには、サラマンダーという、料理用の焼き色付け器を使うと書いてあります。

 

サラマンダー
Iron salamander, probably English, 18th century (Creative commons)

 

ケンブリッジ大学のバーントクリーム

 

ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジには、大学の紋章を焼き付けた「トリニティ・クリーム」というクレームブリュレがあります。「ケンブリッジ・バーントクリーム」とも呼ばれるこのデザートは、1879年からトリニティ・カレッジの学食で出されています。一説によると、ある学生が、スコットランドのアバディーンに行った時に口にし、レシピを持ち帰って、学食のシェフに作ってくれるよう頼んだとか。スコットランド女王メアリー・スチュアート(15421587)はフランスで育っているので、もともとは彼女が持ち帰って、スコットランドで作られていた可能性があるかもしれないとのこと。もちろん、そのスコットランドのシェフが、Francois MassaialotElizabeth Raffaldのレシピを見て作っていた可能性もあります。

 

Photograph by Rafa Esteve (Wikimedia commons)

 

バニラ味のカスタード登場

 

ところで、1859年の『Modern cookery, for private families』には、「French custards or creams」として、オーブンで湯煎をするやり方を紹介しています。そして、このレシピでは、風味付けにバニラが使われています。おそらく、これが一番プリンに近いレシピではないかと思います。また、全く別の項目ですが、「caramel」の作り方も載っています。記述から、すでにプロの製菓職人はカラメルを作って、ぺーストリーやヌガーに使っていたことがわかります。

 

 

カラメルの語源

 

ちなみに、カラメルはフランス語から英語になったようですが、その元はスペイン語の「caramel (現代の言葉ではcaramelo)」。そして、それはおそらくラテン語の「canna(サトウキビ)」+「mellis(ハチミツ)」からきているのではないかということです。そして、それはもとをただせば、アラビア語からきているかもしれません。

 

 

カラメル味のカスタード

 

1884年にアメリカで出版された『Hand-book of Practical Cookery: For Ladies and Professional Cooks: Containing the Whole Science and Art of Preparing Human Food』の中におもしろいレシピを見つけました。これを書いたPierre Blotはフランス人で、30代の時にアメリカに移住しました。「Creams or Crèmes au Citron」のレシピの中に、レモンではなく、「burnt sugar(焦がした砂糖)」で風味付けをする方法が載っています。その方法では、まずカラメルを作り、牛乳にそのカラメルを入れて熱して、カラメル味のカスタードを作ります。さらにはそれにローズウォーターやオレンジフラワーウォーターを加えています。

 

これが、私が見た最初のカスタード+カラメルのレシピです。

 

 

クレームブリュレの起源はスペイン?

 

実は、カラメル味のカスタード菓子の起源については、食歴史家の間でも意見が分かれるところなのです。

 

スペインのカタルーニャ地方には「Crema Catalana」というお菓子があります。それが最初に紹介されたのは『Libre de Sent Soví』(1324年)だそうです。Crema Catalana」もシナモンとレモンで風味付けをします。そして、クレームブリュレと同じく、上にまぶした砂糖を焦がします。

 

1691年のFrancois Massaialotのレシピも、現在のようにバニラではなく、シナモンとレモンで風味付けをしているところを見ると、やはりフランスのクレームブリュレは、もともとスペインからきたのかもしれません。また、前回書いたように、現在スペイン語でプリンを指す「flan」が、イギリスの中世ではカスタード/チーズケーキのようなものを指していたことを思えば、やはりプリンはスペイン生まれなのでしょうか。

 

 

日本のプリンはポルトガルからきた?

 

日本のプリンの語源ですが、私は個人的には、ポルトガル語の「pudim」からきたのではないかと思っています。Pudim flan(プディム・フラン)はまさにプリンのようなようなもので、「プディム」と「プリン」は音が似ているからです。ご存知のように、鎖国前はポルトガル船が日本に何度も来ていますし、鎖国中は交易はなかったものの、1860年に日葡和親条約と日葡修好通商条約を結んでいます。食文化研究家の畑中三応子氏によると、「プリン」と呼ばれる前には「プデン」と呼ばれていたこともあるそうですから。

 

プディムフラン
プディム・フラン

 

ポルトガルのプディムはイギリスから?

 

面白いことに、ポルトガルのpudimという言葉は英語のpuddingを語源としているようです。「pudim」の意味を英語で調べてみると、「卵、小麦粉、ミルクを使って作られたスイーツ」となります。ですから、「プディング」はもともとはイギリスから、「カスタードプディング」のこととして紹介されたのではないかと思います。料理研究家のClarissa Dickson Wrightは、イギリスのカスタードタルトとポルトガルのパステル・デ・ナタが似ている(生地は全く違いますが)ことから、チャールズ二世のキャサリン王妃が、チャールズの死後ポルトガルに帰った時に、レシピを持って帰ったのではないかと推測しています。キャサリン妃は、以前書いたように、イギリスに紅茶を広めた当人。もし彼女が紅茶をイギリスに広めて、カスタードを使ったデザートをポルトガルに持って帰ってきていたら? 想像が膨らみます。

 

地理的にいって、スペインからプリンが入ったと考えるのが自然ですが、スペインから「フラン」が紹介された時にはすでに「プディム」がイギリスから紹介されていたのかもしれませんね。ですから「プディム・フラン」なったのかと。

 

 

プリンは文化の混じり合ったもの?

 

このように、イギリスのカスタード+カラメルデザートはフランス経由できたようですが、プリンは、様々な文化が交わった結果なのかもしれませんね。

 

 

P.S.スペイン・ポルトガルの文化に詳しい方、ご教示ください!

 

*ご興味があれば、こちらもどうぞ*

Q:プディングとはソーセージ?デザート?
 

Q:イギリスの食事の習慣は?

Q:黒パンアイスクリームって人気だったの? 

―――

 

<参考文献>

 

Acton, Eliza, 1859, Modern cookery, for private families (Longman, Browns, Green, Longmans, and Roberts)

Andrews, Colman, 1997, Catalan Cuisine: Europe’s Last Great Culinary Secret (Grub Street)

Blot, Pierre, 1884, Hand-book of Practical Cookery: For Ladies and Professional Cooks: Containing the Whole Science and Art of Preparing Human Food (D. Appleton)

Dickson Wright, Clarissa,2011, A History of English Food (Random House)

Divar Campos, Eba, 2019 Elaboración de masas y pastas de pastelería – repostería (Ediciones Paraninfo, S.A)

Massaialot, Francois, translated by J.K., 1702, The Court and Country Cook (A. and F. Churchill and Mr Gillyflower)

Paston-Williams, Sara, 2007, Good Old-Fashioned Puddings (Pavilion Books)

Raffald, Elizabeth, 1788, The Experienced English Housekeeper, for the Use and Ease of Laides, Housekeepers, Cooks, &c. (A. Millar, W. Law and R. Cater)

 

Cambridge Dictionary

Online Etymology Dictionary

Trinity College Cambridge website

WordSense Dictionary

 

畑中三応子「欧米には存在しない」純国産菓子プリンが固めレトロに回帰するまで」(President Online 2021729日)

 

Pudimのレシピはこちらを参考にしました。

http://portuguesediner.com/tiamaria/easy-caramel-flan/

 

 

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