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魔女の瓶 Moyse's Hall Museum |
カルヴァリー・オールド・ホールの悲劇
カルヴァリー・オールド・ホールはもともと14世紀に建てられた建物です。1750年代まで、カルヴァリー家の邸宅でした。実は、17世紀初頭に、ここで悲劇が起きているのです。
領主で家主のウォルター・カルヴァリーは、結婚もし、子供も三人いましたが、幸せな人生を送っていませんでした。彼は若い時に地元の女性と恋に落ち、婚約までしたものの、裕福な上流階級の女性との政略結婚を強いられました。彼は酒とギャンブルに溺れ、資産を食いつぶしていきました。一方、妻は、子供たちはウォルターの子ではないと、日々彼を愚弄しており、彼自身命の危険を感じていたようです。
そして、1605年4月23日、彼はついに幼い息子たち二人を手にかけてしまいます。妻も刺されましたが、コルセットのおかげで刃が急所をつく事なく、命拾いをしました。彼はまた、止めに入った召使いを階段から突き落とし、馬に飛び乗って、離れた場所で乳母と一緒にいた三人目の子供を殺害しに向かいました。その途中で彼は捕まり、死刑になりました。
この事件の内容は、その後1608年に『ヨークシャーの悲劇』という名で舞台化されています。この戯曲はシェイクスピアの名前で出版されていましたが、現在は、トマス・ミドルトン作だと考えられています。
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Yorkshire_Tragedy_1608_TP (public domain) |
今回見つかった魔除けのアイテムは、その事件からそう時間がたたないうちから置かれているので、事件の影響が強かったのではないかと思われます。亡くなった子供達の祟りか、ウォルターの幽霊かが、何か悪い事を引き起こすと考え、それから身を守ろうとしたのかもしれませんね。
「魔女の瓶」とは?
さて、では「魔女の瓶」とは一体何でしょう?
「魔女の瓶」が最初にイギリスの考古資料に現れるのは17世紀前半だそうです。ただし、最初のころは「魔女」と「瓶」という言葉は同じ文中に使われていましたが、「魔女の瓶」という表現が最初に使われたのは1845年だそうです。
それは通常陶器製で、中には人間の尿や髪の毛、そして鉄製のピンや釘が入っています。植物の棘や布切れや小さな骨が入っていることもあります。
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魔女の瓶とその中身 Moyse's Hall Museum |
病気の治療法
17世紀後半になると、「魔女の瓶」の使用法が様々な出版物で見られるようになります。星辰医者Joseph Blagraveは、1671年に出版された『Astrological Practice of Physick』の中で、魔力によって苦しんでいる人の治療法の一つを、次のように書いています。
「…患者の尿をとり、それを瓶にいれ、釘またはピンか針を3つ、尿の温度を保つために少量の白塩とともに入れる」
こうしておくと、魔女が用を足す時に激痛に悩まされ、魔女の生命を危険にさらし、よって呪いを解くことができると考えられていたようです。そして、その痛みゆえに、その人が魔女だと暴露されるそうです。
要するに、瓶を膀胱にたとえており、尖った金属が魔女の膀胱を突き刺すと考えているのですね。金属だけでなく、植物の棘や骨、尖った木片も使われていたようです。髪の毛や切った爪、布切れは、尿と同様、その被害者を象徴しているのではないかと思われます。これは日本でいう藁人形に五寸釘を打ち込むのと同じで、物を介して間接的に災いをもたらす方法なのです。
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A witch at her table being helped by her attendant they are surrounded by various bottles, mortars and jars. Etching by W. Unger (Public Domain) Wellecome Collection |
魔除け
家に隠された魔除けの研究者ブライアン・ホガードは、発見された魔女の瓶の半数ほどが暖炉の近くで見つかっており、その他も入り口の近くや壁の中から発見されていることから、家に侵入してきた悪霊が、その瓶の形や臭いから当人だと思い込み、その人でなく瓶にとり憑くようにしたのではと述べています。以前に書いた使い古した靴と同じですね。それを考えると、この場合は呪いから事前に身を守るため、もしくは悪化しないように使われたのではないかと思います。
埋められた瓶
魔女の瓶は、家に隠されただけでなく、地面にも埋められました。1681年に出版されたJoseph Glanvilによる『Sadducismum Triumphatus』には、次のような話が載っています。
あるところに男がおりました。彼の妻は、鳥のようなものに取り憑かれて衰弱していました。そこに旅人の老夫が来て言いました。妻の尿をピン、針、釘と共に瓶にいれ、コルクでしっかりと蓋をしてからそれを火にいれなさい。夫は早速試してみました。暖炉用のシャベルでコルクを押さえるよう言われましたが、ふとした拍子にコルクが飛び、中身が飛び出してしまいました。妻の容態はよくなりませんでした。
その旅人は再度その夫婦のもとを訪れ、その結果を知ると、こう言いました。前回と同じように妻の尿をピン、針、釘と共に瓶にいれ、コルクでしっかりと蓋をしたら、今度はそれを地面に埋めなさい。夫が言われた通りにすると、妻は徐々に元気になっていきました。
その夫婦のところに、彼らの家から何キロか離れたところに住む女が訪ねてきて、彼らが彼女の夫を殺したと泣きわめきました。夫婦はその女にもその夫にも面識がありません。実はその女の夫は魔術師で、夫婦の妻に呪いをかけたのはその人だったのです。旅人のおかげでその呪いが跳ね返り、その魔術師を殺してしまったわけなのです。
この事例では、呪いを受けた者がそれを解くために使っています。これと似たような話は1670年頃に発表されたバラードにもなっていたので、この方法が一般に広く受け入れられていたことがわかります。
「魔女の瓶」の変遷
魔術魔法博物館(Museum of witchcraft & Magic)副館長のピーター・ヒューイットは、「魔女の瓶」は1850年ぐらいから様々な形態に変わっていったと述べています。
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Boscastle-20040414-MoW by JUweL (Wikimedia Commons) |
その一つは、悪霊を捕え閉じ込める役割です。オックソフォードのピットリバース博物館にある瓶を1915年に寄付した女性は、「この中には魔女が入っており、もし魔女を出してしまったらいろいろな問題が起こると言われている」と言っていたそうです。魔女を捕まえ閉じ込めるという話は、靴の時に書いた悪魔を捕まえたジョン・ショーンの話に通じるものがあります。
魔術魔法博物館の創設者セシル・ウィリアムソン(1909-1999)は、魔術を行う側からリサーチを行いました。1970年代に彼に書かれたキャプションには、魔女の瓶は魔女によって使われ、被害者のものを瓶に入れて、隠したり、埋めたり、川や湖など水のあるところに投げ入れたりすると書いてあります。ですから、少なくとも19世紀か20世紀には、魔女側と被害者側と、どちらの目的でも使われていた可能性があります。
瓶も陶器だけでなくガラスも使われるようになり、また、目的も呪いだけでなく、恋愛成就にも使われていたようです。
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Witch_Bottles_Curse_Protection From Mal Corvus Witchcraft & Folklore artefact private collection owned by Malcolm Lidbury (aka Pink Pasty) Witchcraft Tools (Wikimedia commons) |
医学と魔術の境界が曖昧だった時代、「魔女の瓶」は病める悩める人々に希望をもたらしたのでしょう。そして、このように、呪いを解くものから、魔女を閉じ込めたり、様々な魔術に使うものへと、時代と共にその使い方は変化していったようです。
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<参考文献>
Blagrave, Joseph, 1671, Astrological Practice of Physick (S.G. and B.G for Obad. Blagrav)
Glanvil, Joseph, 1681, Sadducismum Triumphatus (A.L.)
Hewitt, Peter, “Witch Bottles: Finding from the Museum of Witchcraft & Magic”, in Hidden Charms 2: Transactions of the conference 2018 ed. by Billingsley, John, Harte, Jeremy, and Hoggard, Brian (Northern Earth)
Hoggard, Brian, “Evidence of Unseen Forces: Apotropaic Objects on the Threshold of Materiality”, in Hidden Charms: A Conference held at Norwich Castle April 2nd, 2016, ed. by Billingsley, John, Harte, Jeremy, and Hoggard, Brian (Northern Earth)
Kirwan, Peter, "A Yorkshire Tragedy, first edition," Shakespeare Documented, https://doi.org/10.37078/217.
Shakespeare, W, 1608, A Yorkshire Tragedy (R.B.)
Thwaite, Annie, “What is a ‘witch-bottle’? Assembling the textual evidence from early modern England”, National Library of Medicine Magic Ritual Witch. 2020 Fall; 15(2): 227–251.
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