2016年8月2日火曜日

Q:床と火薬って関係あるの? 床の歴史

前回床タイルについて調べていた時に面白い事実を発見しました。

 

 

イギリスの土間


前回記した様に、イギリスでは一階部分、特にキッチンやダイニング、そして洗い場はbeaten earthと呼ばれる床でした。これは地面が固まったもので、いわゆる土間です。場所によっては19世紀になるまで土の床であったところもありました。

 

15世紀のマナーハウスの大広間には木材でできた高座があり、その上には領主やその家族、そしてゲスト用の食卓がありました。その下は一般の家と同様、beaten earthでできた床になっていました。

 

それは藁やい草で覆われ、香りの良いハーブも混ざっていました。床はありとあらゆる廃物の捨て場になっていたので、その匂いをごまかすためです。

 

 

ありとあらゆる汚らしいもの


人文主義者で神学者、オランダ人のエラスムス(1466-1536)ウルジー枢機卿の医師であるフランシスへの手紙の中で、イギリスの家の「床は一般的に土で、藁で覆われているけれど、その下には昔からのビール、油脂、切れ端、骨、つば、犬猫の糞、その他ありとあらゆる汚らしいものがそのまま放ってある」と述べています。

 

マナーハウスでは1ヶ月に1回か2回、床はきれいに掃かれ、新しい藁やい草が敷かれました。わらを敷くのは居心地を良くする為と、ほこりが立たない様にする為です。

 

 

黒大理石?


インテリアに興味のある人は、わらを敷くかわりに、動物の骨を埋めて模様をつくったり、牛の血を泥に混ぜて敷き、それを磨いて「黒大理石」の様に見せたりしたそうです。ちなみに牛の血を使う方法はイタリアから伝わったそうです。




17世紀の農家の台所

 

銃の火薬を床から作る?


そのような汚い床ですが、実はその昔は非常に重要な役割を果たしていたのです。

 

中国から中東を経てヨーロッパに銃が渡ったのが14世紀になってからです。その銃の火薬に必要なのが硝石です。南ヨーロッパ等乾燥地帯では天然に採取できるようですがイギリスではほとんど自然に採取できません。

 

兵力の増加と不安定な国際情勢により、イギリスはなるべく輸入を避け、国内でまかなおうとします。では硝石はどこから入手するのでしょう?

 

実は天然の硝石は、土壌中の有機物や排泄物に含まれる尿素、またそれが分解することによって生じたアンモニアなどの窒素化合物を土中のバクテリアが分解する過程で窒素化合物が硝酸イオンに酸化されることによって得られます。つまり、食べ物や汚物を吸収した土の床はそれに最適なのです。

 

1515年にヘンリー八世がドイツ人のHans Wolfに「どこからでもいいから硝石を見つけてこい」というお達しを出しました。それでも1558年にはまだイングランドの硝石の90%は輸入ものでした。

 


William Powell Frith - Henry VIII and Anne Boleyn Deer Shooting (public domain)
 

硝石発掘人の登場


1590年にはエリザベス一世のお達しで、硝石の売買や調達を勝手に行うことを禁止しており、国が管理をしていた事がわかります。

 

1617年に書かれた劇脚本にはすでに、馬小屋や地下室、ハト小屋、家畜小屋から土を掘り出す硝石発掘人がでてきています。

 

1643年の条例には次のような事が書かれています。

 

硝石発掘人(salt-petre men)はこの条例により、ハト小屋、馬小屋、その他すべての離れ、庭、またそのような土壌を入手できるであろう場所(住居、店、搾乳場を除く)より、日の出から日の入りの間に硝石を捜索する権能と権限を与えられる。硝石発掘人は、自費でその土壌を集め、損害が生じたらそれを修理する。万が一所有者がその状況に不満な場合、状態を元通りにし、その場に応じた損害に対しての補償をする。前に規定した通りに硝石発掘人が硝石を発掘する事を拒んだ者に対して、硝石発掘人はその名前を持ち帰りその者を訴える。

納屋の床を掘る硝石発掘人 出典:Firearms history, technology & development

 

住居の床も掘りまくる


お気づきのように、ここには住居は含まれていません。しかし、早いうちから、権限を振りかざし、住居の床を掘ったり掘り返した所をもどさなかったり好き勝手をしていた硝石発掘人がいたようで、苦情がかなりきていたようです。

 

1607年の裁判の記録によりますと、「硝石発掘人の任務は、許可なく人の家や土地を掘り起こすことはしない。所有者の指示を必要とするが使用していない家を除き、住居を掘り起こす事はしない。きれいに平らに、または元通りにしないで去る様な事はしない。ということである。

 

この硝石発掘人は、権力をふりかざし、それは違うと示談されない限り、許可無く家の床を掘りおこすことができると人々に信じさせる。このような者に会ったら、その者の不品行を公開されよう。そうすれば、任務を理解する様学ぶであろう。このような者の悪弊のおかげでこの国は頻繁に迷惑を被っている」とあります。

 

国益の為とはいえ、家の中に役人がずかずか入って来て、床を掘り起こされたらたまったもんではありません。1656年の条例で「何者も許可無く硝石発掘の為に住居や土地を掘り起こしてはならない」と定められてやっと家の中を掘り起こされることがなくなったようです。