2023年1月9日月曜日

Q:プラム・プディングにはプラムは入ってないの?――クリスマスプディングの歴史

プラム・プディングにはプラムが入ってなかった!

 

イギリスでクリスマスに食べる伝統的デザートはクリスマスプディングが一般的ですが、かなり濃厚なので、そのかわりにプラム・プディングを作ってみようと思いました。プラム・プディングは食の歴史の本でよく言及されており、プラムは好きなので、ちょっと趣を変えて作ってみようと思ったのですが……。調べてみたら、プラム・プディングとクリスマスプディングとは全く同じものでした。そして、プラムは使われていなかったのです。

 

そこでクリスマスプディングの歴史について調べてみました。


 

クリスマスプディングのドライフルーツ

 

クリスマスプディングとは、ドライフルーツとパン粉とスエットとスパイスとブランデーを混ぜて蒸したものです。デリア・スミスの「伝統的クリスマスプディング」のレシピでは、ドライフルーツにレーズン、サルタナ、カラントを使っています。

 

A family sit around a table eating their Christmas meal and greet the arrival of the plum pudding which is being carried in on a large tray by Cecil Ldin (Public domain)

 では、どうしてプラムが入っていないのに「プラム・プディング」と呼ばれるのでしょう?どうも、昔は「プラム」とはドライフルーツ一般を指していたようなのです。

 

イチジク、デーツ、プルーン、レーズンなどのドライフルーツは、中世にはイギリスで食べられていたことがわかっています。

 

 

ドライフルーツはどこから?

 

手元にあるカラント、サルタナ、レーズンを調べてみると、原産国はギリシャ、トルコ、南アフリカ、アメリカなど。イギリス原産のものはありません。

 


中世でも、地中海近辺から輸入したものもあったようですが、それでは庶民は手がでなかったでしょう。実は、どうも国内でとれていたようなのです。

 

イーリーには、大聖堂の近くに、1400年ぐらいに建てられた家があり、そこにはブドウの絵が描かれた壁画があります。現在は一本も残っていませんが、中世、大聖堂がまだ修道院だった時には、その庭にブドウがたくさん生えていたようです。ブドウはローマ時代からイギリスでとれ、プラムと共に中世には修道院の庭でも栽培されていました。それを考えると、ドライフルーツは意外に身近なものだったのかもしれません。

 

 

 

どうしてドライフルーツがプラムなの?

 

ではどうしてドライフルーツの総称が「プラム」だったのでしょう?実は、「plum」には現在の「plump」と同じ、「丸々とした」「ふっくらした」という意味がありました。ドライフルーツは水分につけて戻すと、ぷくっとふっくらします。きっとそのために、「プラム」と言われたのではないでしょうか。

 

 

フィギープディングにはフィグは入ってない?

 

ちなみに、クリスマスプディングはフィギープディング(figgy pudding)とも言われるのですが、いちじく(fig)も入っていません。「figgy」というのは、「いちじくのような」という意味ですが、「甘い」という意味で使われていたのです。つまり、「いちじくのように甘いプディング」という意味でした。

 

 

クリスマスプディングの元祖

 

さて、クリスマスプディングは、プラム・ポティージ(plum pottage)というものが元になっているといわれます。

 

pottage」を英和辞典で調べると「ポタージュ」とでてきます。事実、中世フランス語の「ポタージュ(potage)」が語源です。「ポタージュ」というとオシャレな感じがしますが、ポティージというのは、まだ直火で料理をしていた時に、火に鍋をかけ、その中で野菜や穀物、そしてある程度裕福であれば肉を、とろとろと煮た素朴なシチューです。もちろん、レンジになってからも作られていましたが、今は特別な「田舎料理」でもない限り、目にすることも耳にすることもありません。

 

Old Cottage Fireplace and pets c1860s (public domain)

食歴史家のアン・ウィルソンは、プラム・ポティージの歴史は15世紀のレシピに遡るとしています。「Stewet Beef to Potage」というレシピでは、一口大の牛肉を水、ワイン、玉ねぎ、ハーブ、クローヴ、シナモン、メース、レーズン、カラント、パン(とろみづけ)、紅木紫檀(食紅)で煮込んだもののようです。当時はクリスマスとは関係なく食べていたようです。

 

以前ミンスパイの記事でも書いたように、肉を保存する知恵として、肉とドライフルーツとスパイスを混ぜるレシピを、十字軍が中東から持ち帰ってきました。ですから、それ自体はイギリスでもすでに確立した組み合わせでした。

 

 

プラム・ポティージがクリスマス料理に

 

このポティージを最初にクリスマス料理と呼んだのは、1673年に出版された本『The Whole Body of Cookery Dissected』の中でのようです。この頃には、これにアルコール(クラレットまたはサック)が加えられ、事前に作られて陶器のポットの中で保存されていたようです。

 

プラム・ポティージはプラム・ポリッジともよばれ、クリスマスに食べられるようになると、クリスマス・ポティージ(またはポリッジ)とも呼ばれました。

 

1728年の「プラム・ポティージまたはクリスマス・ポティージ」のレシピによると、牛足を水で柔らかくなるまで煮、そこに赤ワインとストロングビール、クローヴ、メース、ナツメグ、リンゴ、カラント、レーズン、プルーンを入れ、牛足を最後に取り除いて食べます。

 

1695年に発表されたウィリアム・ウィンスタンリーの詩、『Now Thrice Welcome Christmas』には、「ミンスパイやプラム・ポリッジ;美味しいエールに強いビール」という一節があり、この頃からクリスマスに食べられていたことがわかります。

 

18世紀のスイス人トラベルライター、セザール・ド・ソシュールは1726年に、「国王から職人にいたるまで、スープを飲んでクリスマスパイを食べる。このスープはクリスマスポリッジと呼ばれ、外国人の口には合わない」と書いています。

 

このクリスマス料理も、19世紀前半には徐々にみられなくなってきます。

 

 

プラム・プディングの登場

 

さて、以前書いたように、プディングを作るのに布が使われ始めたのが17世紀初頭です。まもなく、1630年までには、プラム・プディングの記載が見られるようになりました。

 

1714年のレシピによると、プラム・プディング(Plumb pudding)を作るには、細かく刻んだスエット(牛脂や羊脂)にレーズン、粉、砂糖、卵、塩を合わせ、プディング用の布に包み、四時間以上煮る、とあります。

 

A woman takes a large plum pudding in a cloth bag off a hot stove in a kitchen by R Seymour 1830-1839 (public domain)

1675年のクリスマスには、大英海軍の従軍牧師、ヘンリー・ティアンジが、船長とともに牛肉、プラム・プディング(Plumb pudding)、ミンスパイを食べたと記録していますが、先に書いたように、この頃はまだプラム・プディングよりもプラム・ポティージのほうがクリスマスには一般的でした。

 

 

ご馳走プディング

 

1750年にウィリアム・エリスによって書かれた『The Country Housewife’s Family Companion』によると、特に大変な小麦の収穫時期2週間は、カレントとレーズンとスエット入りの プラム・プディング(Plumb pudding)を牛肉と共に、農夫たちに食事として出しています。これから、プラム・プディングはクリスマスだけでなく、ご馳走として特別な日に出されたのだと想像できます。

 

ちなみに、プラム・プディングはデザートとしてではなく、現在のヨークシャープディングのように、ローストビーフと一緒に食べられていました。食後のデザートになったのは18世紀末ぐらいからです。

 

 

クリスマスプディングはディケンズへのオマージュ?

 

1845年のエリザ・アクトンのレシピによると、「クリスマスプディング」は、パン粉、粉、レーズン、カラント、リンゴ、スエット、砂糖、オレンジピール、ナツメグ、メース、塩、卵、ブランデーを混ぜ、三時間半煮る、とあります。18世紀のレシピに比べると、かなり濃厚になっていることがわかります。

 

この頃までには、ディケンズの『クリスマスキャロル』にみられるように、ブランデーを振りかけて火をつけるという習慣が広まりました。これは特別感を与え、通常に食べるプラム・プディングとは一線を画すようになりました。

 

Christmas_pudding_(Heston_from_Waitrose)_flaming by Ed g2s (Creative Commons)

実は、プラム・プディングを最初に「クリスマスプディング」と呼んだのは、エリザ・アクトンだそうです。ディケンズの『クリスマスキャロル』が出版されたのが1843年。そして、彼女のレシピが出版されたのがその2年後。どうも、エリザ・アクトンはディケンズのファンで、そのレシピ本を彼に贈呈したとか。そして、食歴史家のペン・ヴォルガーは、彼女はディケンズの作品へのオマージュとして、このプディングを「クリスマスプディング」と名付けたのではないかと推測しています。

 

こうして、19世紀末までにはプラム・プティングはクリスマス限定の食べ物になり、「クリスマスプディング」となったのです。

 

 

<参考文献>

 

 

Acton, Eliza, 1865, Modern Cookery for Private Families (Longman, Green, Longman, Roberts, and Green)

Bradley, Richard, 1728, The Country Housewife and Lady’s Director in the Management of a House, and the Delights and Profits of a Farm (The Project Gutenberg)

Davidson, Alan, 2014, The Oxford Companion to Food (Oxford University Press)

Ellis, William, 1750, The Country Housewife’s Family Companion (J.Hodges)

Given-Wilson, Chris, 1996, An Illustrated History of Late Medieval England (Manchester University Press)

Gray, Annie, 2021, At Christmas We Feast: Festive Food Through the Ages (Profile Books)

Kettilby, Mary, 1714, A Collection of Above Three Hundred Receipts in Cookery, Physick, and Surgery (Richard Wilkin)

McLean, Teresa, 2014, Medieval English Gardens (Dover Publications)

Shanahan, Madeline, 2019, Christmas Food and Feasting (Rowman & Littlefield Publishers)

Volger, Pen, 2020, Scoff: A History of Food and Class in Britain (Atlantic Books)

 

Delia onlineウェブサイト

University of Leeds Library ウェブサイト

Oxford English Dictionary

Visit Elyウェブサイト

 

Ely Cathedral Monastery Tour

 

2022年12月4日日曜日

Q:悪霊は靴に閉じ込められるの? 魔除けの歴史2

前回、猫が魔除けに使われていたと書きましたが、同様に家に隠されたものとして靴や衣類があります。しかも、使い古された片方の靴が頻繁に見つかっているのです。どうして靴が隠されたのでしょう? 調べてみました。

 

隠された靴

 

発見された靴は、捨て忘れたとか、隙間風が入ってくるのを防ぐとかに使われたものではありません。煙突の中や、壁の間、床下、屋根裏に、誰かが意図的に置いたものです。多くは17世紀から19世紀のものだそうです。

 

実は魔除けに関する研究は文献が少なく、わからないことが多いそうなのです。靴に限って言うと、最初に研究を始めたのは、ノーサンプトン博物館(Northampton Museum and Gallery)に勤めていた靴の歴史専門家、ジューン・スワン(June Swann)です。彼女は人々が発見した靴を、隠されていた場所と、理由についての発見者の推測とともに事細く記録し、それは「Concealed Shoe Index」として研究者の間で知られるようになりました。その説の中には、「床板の間から落ちた」というものから、「煙突掃除屋の靴が脱げてそのままになった」「ネズミが運んできた」というものまであったそうです。彼女は次第に、その理由は迷信ではないかと考えるようになりました。

 

魔除けの靴
17世紀に隠された靴 Moyse's Hall Museum

 

靴は幸運の印

 

イギリスでは、靴は幸運の印だと考えられていました。1546年に発表された『The Proverbs of John Heywood』の中には、「旅人の幸運を祈って、その人の後ろ姿に古い靴を投げる」というものがあります。

 

結婚式では、新婦は古い靴を履くと幸せになれると言われていましたし、結婚式を挙げたばかりのカップルがハネムーンに出掛ける際に、後ろから古い靴を投げると二人が幸せになれるといわれていました。

 

未婚の女性が寝る前に靴をTの字にしてベッドの下に置いて呪文を唱えると、将来結婚する相手が夢に現れると言われました。

 

 

靴が病気を治す?

 

老人が寝る前に靴を十字形、V字型、またはT字型にしてベッドの下に置くと、リウマチが治るとも言われていました。

 

サセックスでは、震えをともなう高熱があるときには、キク科のタンジーの葉を靴にいれるといいと言われていました。

 

ウォリックシャーでは、風邪には、ワイルドガーリックの球根を乾燥し粉状にしたものを、布の袋にいれて靴にいれるといいと言われていたこともあったようです。

 

 

悪魔と靴にまつわる言い伝え

 

ではどうして靴が魔除けになったのでしょう。一説によると、ある言い伝えがもとになっているとのこと。

 

1289年から1314年までバッキンガムシャーのノース・マーストンという村に住んでいたジョン・ショーンという神父は、治癒力を持っていると有名でした。その噂を聞きつけた悪魔は、その神父を堕落させてやろうと、旅人の格好をして村にやってきました。悪魔は神父に対して、様々な誘惑をしかけましたが、ジョン・ショーンは見向きもしませんでした。

 

神父は悪魔に言いました。

神父「なんでも好きなものを魔法で取り出す事ができるのかい?」
悪魔「なんでもできる、欲しいものを言ってみろ」

神父「まずは、その力を証明してくれ」

神父は自分の履いていたブーツを脱ぎ、この中に入れるほど小さくなれるか聞きました。

悪魔「そんなのお安い御用さ」

悪魔は小さくなり、ブーツの中に飛び込みました。ジョン・ショーンはすかさずブーツの上部を握りしめて悪魔を閉じ込め、神への祈りの言葉を囁きました。祈りは悪魔の耳を焼きました。

 

神父は、ブーツに閉じ込められた悪魔に、毎日毎日祈りの言葉を囁き続けました。ついに悪魔は悪さをしないから許してくれ、と言い、許された悪魔は慌てて地獄に逃げていきました。

 

 

ブーツに入った悪魔
John Schorne and the devil in the boot, St Gregory's Church in Sudbury photography by Evelyn Simak_ Creative Commons

悪魔を封印

 

宝石は身につけた人の魂が宿ると言いますが、靴も履いていた人の性質を帯びると考えられていました。靴は決して安いものではありませんでしたから、ボロボロになるまで何度も直しながら履かれていました。皮でできた靴は、履き手の足の形になりました。ですから、その持ち主を探して入ってきた悪霊が、靴をその持ち主だと勘違いして中に入り、ブーツに閉じ込められた悪魔のようにそこに封印されると、人々は信じていたのかもしれません。

 

新婚カップルの後ろに向かって靴を投げるというのも、悪魔が二人が不妊にするのを防ぐために、靴に閉じ込めるからだったようです。

 

 

悪魔は靴の燃えた匂いが嫌い

 

そして、どうもイギリスでは、靴の燃えた匂いは悪魔や蛇を近寄らせないと信じられていたようなのです。それを考えると、靴を煙突の近くに隠す事で、実際には燃やさなくても、その匂いが魔除けの効果を発揮すると考えられていたのかもしれないとのことです。

 

 

見えないところから見えるところへ

 

20世紀になると、使い古した靴の代わりに、お守りが使われるようになるようです。赤ちゃんの靴、またはそのために作られた小さな靴が「幸運を呼ぶために」壁に飾られたり、「幸運や金運を呼ぶ」として暖炉に飾られたりしました。そして、隠される代わりに、見えるところに飾られるようになりました。

 

 

移住民とともに世界へ

 

アメリカやオーストラリアでも同じように隠された靴が見つかっているので、移民たちが迷信をもって海を渡ったのでしょう。

 

現在は靴を飾ることはしないようですが、古い家に住んでいたら、どこかで古い靴が家を守ってくれているかもしれません。

 

 

 

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―――

 

<参考文献>

 

Cadbury, Tabitha, ‘Materialising Magic in Museums’ in Hidden Charms: Exploring the Magical Protection of Buildings, Transactions of the conference 2018, ed. Billingsley, John, Harte, Jeremy, and Hoggard, Brian ( Northern Earth)

Evans, Ian J, 2015 ‘Seeking Ritual in Strange Places: Dead Cats, Old Shoes and Ragged Clothing. Discovering Concealed Magic in the Antipodes’

Heywood, John, 1874, The Proverbs of John Heywood: Being the “Proverbes” of that Author Printed 1546, ed. Sharman, Julian (G.Bell and sons)

Hoggard, Brian, ‘Evidence of Unseen Forces: Apotropaic Objects on the Threshold of Materiality’, in Hidden Charms: A conference held at Norwich Castle April 2nd, 2016, ed. Billingsley, John, Harte, Jeremy, and Hoggard, Brian (Northern Earth)

Houlbrook, Ceri, ‘Ritual Recycling and the Concealed Shoes’ in Hidden Charms: A conference held at Norwich Castle April 2nd, 2016 (Billingsley, John, Harte, Jeremy, and Hoggard, Brian (eds.), 2016, Northern Earth)

Houlbrook, Ceri, ‘Ritual Recycling and Recontextualization: Putting the Concealed Shoes into Context’, Cambridge Archaeological Journal 23:1, 99-112

Radford, M.A, Radford, E., 2013, Encyclopaedia of Superstitions - A History of Superstition (Read Books Limited)

Howey, Terrie, 2019, Buckinghamshire Folk Tales (History Press)

Roud, Steve, 2006, The Penguin Guide to the Superstitions of Britain and Ireland (Penguin Books Limited)

Stirling, Sophie, 2020, We Did That? (Mango Media)

 


2022年11月6日日曜日

Q:猫は魔除けだったの? 魔除けの歴史

先日ハロウィーンのイベントで、ガイドさんについて街を歩き、街にまつわる幽霊話を聞くツアーに行ってきました。それ自体面白かったのですが、何より私が惹かれたのは、ガイドさん自身の話です。魔女のような風貌の彼女は、15世紀ごろに建てられた家に住んでいるのですが、その煙突の中にミイラ化した猫がいたそうなのです。家を買った時に「猫のミイラ着きだよ」と不動産屋さんに言われたそうです。どうも魔除けだったらしいのですが……。

 

15世紀のイギリスの家
15世紀の家 イメージ

でも、猫は魔女の使い魔ではないのでしょうか?『魔女の宅急便』のキキは黒猫のジジを従えていますし、ハリー・ポッターのハーマイオニーにはクルックシャンクスがいます。そうだとしたら、猫は悪魔の味方なのではないでしょうか?それが魔除けに使われるとはどういうことでしょう?ということで調べてみました。

 

 

ミイラ化した猫は意外に多い

 

実は、ミイラ化した猫は、イギリス中(スコットランドではあまりないようです)で見つかっているようです。煙突の中だけでなく、壁の間、床下、屋根裏など、どう考えても猫が自分の意思で行って死んだとは思えない場所に、多くの場合、家の改装や取り壊しの時に見つかっているらしいのです。中には、生きたまま埋められたと考えられるものも。有名なところでは、ウェストミンスター寺院の壁の中からも見つかっています。

 

猫のミイラ
17世紀のミイラ化した猫 Moyse's Hall Museum

頻繁に見つかるところは、ドアや窓の近く、そして煙突の近くのようです。多くは1518世紀、魔女狩りの時代のものだそうです。1597年にジェームズ一世によって書かれた『デモノロジー(悪魔学)』には、悪霊は窓、ドア、または空気が入るところならどこからでも家に入り込むと書いてあります。電気のなかった当時、夜は真っ暗で、そこに何が潜んでいるかもしれない。病気や不幸があれば、やはり悪霊のせいにしたくなるのはわかります。そして、その闇に続くドアや窓、そして煙突といった開口部は、守るべきところだったのでしょう。

 

ねこのミイラ
ある猫が見つかったところ Moyse's Hall Museum展示パネル
 

猫は魔女の使い魔?

 

でもどうして猫だったのでしょう?猫は魔女の使い魔ではないのでしょうか?

 

実際、1556年のイギリス南東部、チェルムズフォードの魔女裁判の記録には、「Sathan(サタン)」という白ぶちの猫が魔女のかわりに仕事をし、その見返りに血を求めていたことが書いてあります。

 

ところが、イギリスで猫が主要な魔女の使い魔として扱われるようになったのは、19世紀後半になってのことのようです。それまではもっと小さな動物(おそらくヒキガエルなど)が好まれていたそうです。

 

 

黒猫は幸運の印

 

事実、黒猫は幸運の印でした。南イングランドでは、黒猫を飼うと娘が嫁にいけると言われていましたし、ミッドランドでは、幸運を呼ぶ結婚祝いとして黒猫が渡されていました。ただし、未婚の女性が猫の尻尾を踏んでしまったら、その先一年は結婚できないと言われていました。

 

スカーバラでは、船乗りの妻が黒猫を飼っていると、夫が無事に戻って来ると信じられていましたが、もしその船乗りの乗った船に2匹の黒猫が乗船していたら、それは縁起が悪いと考えられていました。

 

 

悪霊を捕まえる?

 

ペットとして猫を飼っているとつい忘れがちですが、猫はずっとねずみ捕りとしての役割を果たしてきました。愛犬家の友人が16世紀に建てられた素敵なファームハウスに住んでいるのですが、ご主人にねずみ捕りとして猫を飼うべきだと言われて、今は3匹の犬と2匹の猫と一緒に住んでいます。

 

夜行性ですばしこく獲物を捕まえる猫は、闇の世界の悪霊も同様に捕まえると信じられていたのでしょう。

 

 

魔女は猫に変身する?

 

おもしろいことに、スコットランドのハイランドには、エルフィンキャットもしくはキャットシー(Cat sith)と呼ばれる猫の言い伝えがあります。それは大型犬の大きさで、黒く、胸に白い斑があり、背中が丸まって毛が逆立っているそうです。人々は、それが魔女が変身したものと信じ、恐れていました。ちなみに、ハリー・ポッターのマクゴナガル先生は猫に変身しますが、彼女はスコットランド人なので、エルフィンキャットの伝説がモデルになっているのでしょう。スコットランドに猫の魔除けが少ないのは、スコットランドでは猫は悪魔の側にいると考えられていたからかもしれません。

 

エルフィンキャット
エルフィンキャット想像画

 

魔除けの効果は?

 

ところで、魔除けは本当に効果があるのでしょうか。実は結構今でも効力があると思っている人が多いようです。というよりも、その魔除けを取り除いたら悪い事が起こったので、魔力があるのだと信じたという人が。

 

Brian Hoggardは、魔除けに関する会議Hidden Charms Conferenceの会報の中で、ウスタシャーにある、16世紀に建てられたナショナルトラストの建物の例を出しています。そこの厩の上階は召使が使っていたようなのですが、そこを新しくアパートメントに改装していた時、大工たちが壁の間、梁の上に座ったままミイラ化した猫を見つけたそうです。それを捨てろと言われて仕方なく廃棄物入れに捨てに行った人は、戻ったら、新しくはめた漆喰パネルが頭のうえに落ちてきて、頭を切る怪我をしたそうです。その人は猫の呪いだと信じているとのこと。

 

最初にお話ししたガイドさんも、「邪気は感じないのよ」と言いながらも、今も大事に箱にいれて屋根裏部屋に大切にしまっているそうです。

 

次回は、同じく隠された靴について書いてみたいと思います。

 

 

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―――

 

<参考文献>

 

Dunwich, Gerina, 2018, Your Magickal Cat: Feline Magick, Lore, and Worship (Citadel Press)

Guiley, Rosemary, 2010, Encyclopedia of Witches, Witchcraft and Wicca (Facts On File, Incorporated)

Hoggard, Brian, ‘Evidence of Unseen Forces: Apotropaic Objects on the Threshold of Materiality’, in Hidden Charms: A conference held at Norwich Castle April 2nd, 2016 (Billingsley, John, Harte, Jeremy, and Hoggard, Brian (eds.), 2016, Northern Earth)

Howey, M. Oldfield, 2003, The Cat in Magic and Myth (Dover Publication)

King James I, 1597, Daemonologie: In Forme of a Dialogie Diuided into three Bookes (Robert Walde-graue, printer to the Kings Majestie)

Roud, Steve, 2006, The Penguin Guide to the Superstitions of Britain and Ireland (Penguin Books Limited)