2019年4月29日月曜日

Q:冷蔵庫と自動車って関係あったの?冷蔵庫の歴史2


今まで冷蔵について、そして保存についてお話ししてきました。今回は私たちが使っている冷蔵庫の歴史について検証してみたいと思います。2012年に英国王立協会は、冷蔵庫が飲食に関する最も重要な発明品だとしています。ではいつから冷蔵庫がイギリスの家庭で使われるようになったのでしょう。



冷蔵庫の始まり

 

冷蔵庫の歴史は、1748年にスコットランドの化学者William Cullenが、ジエチルエテールを真空で沸騰させ、その気化熱で周囲を冷却する実演を行い、人工冷凍の原理を紹介したことに始まるといわれています。19世紀に入ると、イギリス、アメリカ、オーストラリア、ドイツ、フランスなど各国の科学者達が冷蔵方法の開発に勤しみます。

 
 

ワインを冷やすもの


1894年にはフランスの僧侶で物理教師のAbbé Marcel Audiffrenが、ワイナリーのワインを冷やすものとして木製で手動でクランクを回して冷やす冷蔵庫を開発、ヨーロッパとアメリカで特許を取り、1904年にはフランスで発売します。 

 

1910年にアメリカのGE社(General Electric)がその権利を入手し、アメリカで発売。GE社は1917年からそれを基に電気冷蔵庫のリサーチを始め、様々な改良が他社で行われるのを傍目に見ながら期が熟すのを待ちます。

 

そして1927年に「モニタートップ」というむき出しのコンプレッサーが上に乗っかった家庭用冷蔵庫を発売します。これまでの冷蔵庫は木製だったのに対し、形でこそまだ家具みたいですが、これはすべてスチールでできたものでした。1939年には世界最初の冷凍冷蔵庫の生産をはじめます。

GE社モニタートップ冷蔵庫、1934 (creative commons)
 

家庭用冷蔵庫


実は最初に軽量でコンパクトで値段的にも手ごろな家庭用冷蔵庫を開発したのは、アメリカ人のFred W Wolf. Jrで、1913年のことです。彼はこれをDOMELRE (Domestic Electric Refrigerator: 家庭用電気冷蔵庫)と名付けました。 

 

1916年にはアメリカ高級車メーカーのパッカード社がその権利を購入、Iskoという会社を立ち上げます。そして当時の超高級車ピアスアローに使われていたフィン付きラジエーターにアイデアを得たフィン付き空冷コンデンサーを搭載して売り出します。



自動車製造業社の出資

 

やはり1913年に自動車装置発明家のNathaniel B Walesは自動車メーカーのゼネラル・モーターズの元購入担当者であったEdmund J. Copelandと組み、冷蔵庫の開発に勤しみます。

 

ゼネラル・モーターズの社長ウィリアム・デュラント(William Durant) から「そんな突飛なものに金を出すなんて」と諌められたコープランドは、ゼネラル・モーターズの前身で後にその傘下に入ったビュイック社の重役から資金を調達し、1916年にはケルビネーター社(Kelvinator)を設立。1917年には世界で初めて家庭用電気冷蔵庫を大量生産しました。

 

ちなみにケルビネーターという名前は熱力学の開拓者の一人であるイギリスの物理学者、ケルビン卿(Lord Kelvin, 1824-1907)にちなんでつけられました。

 

1918年にはFred W Wolf. Jr のアシスタントがIsko をやめて入社し、DOMELREの特徴を取り入れた冷蔵庫を開発、その1年で67台を生産、販売しました。これはかなり大掛かりなもので、地下にコンデンサーを置き、キッチンの床に穴を開けてパイプを通し、キッチンの冷蔵庫とつなげました。1925年には一体型の冷蔵庫を発売しています。

 
1920年のケルビネーター社冷蔵庫の広告 New-York tribune. (New York [N.Y.]), 16 May 1920. Chronicling America: Historic American Newspapers. Lib. of Congress. (public domain)
 
ケルビネーター社一体型冷蔵庫、1926 (creative commons)
 

フリッジデール社の躍進


ウィリアム・デュラントはその後考えを改め、ケルビネーター社を買収しようとしましたが、時すでに遅し。その代わり、1915年にAlfred Mellows によって設立されたThe Guardian Refrigerator Company1918年に買い取り、フリッジデール社(Frigidaire)という子会社を作りました。イギリスやアメリカでは冷蔵庫(refrigerator)のことを「フリッジ(fridge)」と呼びますが、これはFrigidaireのブランド名からきたと考えられています。

 

一方、DOMELREの技術的な問題やなかなか伸びない売り上げにしびれを切らしたパッカード社は、その権利を手ばなし、1922年にはフリッジデール社がそれを入手することになります。フリッジデール社はその後フロンガスを使った冷蔵庫を開発し、1930年に発売します。それまでの冷蔵庫は二酸化硫黄、塩化メチル、アンモニアガス等を使っており、有害で爆発することも多々あったのですが、フロンガスは無害で不燃性なので安全でした。(20世紀後半には、フロンガスはオゾン層破壊を引き起こすことがわかり、1995年末にはフロンの生産は全廃されましたが。)

1922年のフリッジデール冷蔵庫の広告 The Morning Tulsa daily world. (Tulsa, Okla.), 30 July 1922. Chronicling America: Historic American Newspapers. Lib. of Congress. (public domain)
 

 

自動車製造技術、資金、PR力

パッカード、ビュイック、ゼネラル・モーターズと、自動車メーカーが多くの冷蔵庫開発会社のバックについていたのは興味深いところです。車の知識は冷蔵技術にも生かされていたのですね。そして、自動車が爆発的に広まった1920年代や30年代、彼らの持つ開発につぎ込める資金力とマーケティング力は強力でした。

 

 

一方ヨーロッパでは…… 


さて、ヨーロッパに目を向けると、ドイツでは相対性理論で有名な物理学者アインシュタインが、ノーベル賞受賞の数年後に冷蔵庫の開発に打ち込むことになります。彼はその後核兵器の開発に関わることになる物理学者レオ・シラード(Leo Szilard)と組み、冷却材の薬品が外に漏れない安全な冷蔵庫を目指して試行錯誤しました。

 

1926年にドイツとイギリスで特許を取り、その後も色々と改良を重ね、電磁誘導を使ったものを開発します。二人は、3つの違うモデルの冷蔵庫のために45の違う特許を取ったそうです。

 

スウェーデンの家電メーカー、エレクトロラックス(Electrolux)が、2つのデザインを買い取りますが、結局何もせず、二人は1931年にドイツ最大の電化製品メーカーAEGにアプローチします。AEGはプロトタイプを作りますが、製造にまでは至りませんでした。

 

フロンガスを使った冷蔵庫の開発により安全な冷蔵庫がそれまでに市場に出回ったこと、そして世界を襲った大恐慌(19291933)が原因です。


ガス冷蔵庫?

一方イギリスでは、1927年にエレクトロラックスが小型のガス冷蔵庫の生産を始めました。

 

何故電気でなくガスの冷蔵庫がイギリスで出回ったのかというと、ガスは19世紀の半ばから家庭に供給されていましたが、ガスの方が電気よりも経済的だという理由もあり、1920年には6%の家庭にしか電気は通っていなかったからです。

 

ガス冷蔵庫は電気冷蔵庫に比べると静かな上、メインテナンスが簡単で維持費も安いので、技術者には人気でした。

 

でも、自動車会社がバックにつき、莫大な開発費やマーケティング費を使える電気冷蔵庫開発業者には、ガス冷蔵庫開発業者は太刀打ちできませんでした。

 

次第にガス冷蔵庫は電気冷蔵庫にとってかわられます。1930年代にはイギリスの会社Thomson Houston Company GE社の為にモニタートップの生産を始めます。

 

エレクトロラックス社ガス冷蔵庫 c.1937 (creative commons)
Thomson Houston Company社製のモニタートップ、Birmingham Museums Trust (creative commons)
 
 

冷蔵庫は必要なし!


1926年の電気供給法(Electricity Supply Act)で全国的に電気の供給されることになり、1934年には半数の家庭に電気が通りましたが、イギリスでの冷蔵庫の普及は非常に遅く、1948年でも総人口の2%しか冷蔵庫を持っていませんでした。

 

電気の供給は当初の設備投資が非常に高いため、電気局(Electricity board)は一般の人も多くの電気を使う様に、電気製品をプッシュし始めました。

 

 1953年には、キリスト降誕のお祝いに訪れた東方の三博士が電気洗濯機、電気調理器、電気冷蔵庫のプレゼントを持っているという、ウォリントン(Warrington)電気局のショウルームのディスプレイがキリスト教の冒涜にあたるか、貴族院(上院)で議論されています。

 

それでも、1960年代まで、ほとんどのイギリスの家庭では、冷蔵庫のような労働節約型の商品よりも、家具や衣服、ラジオやテレビにお金を使ったので、イギリスで最初に小さい冷凍室のついた冷凍冷蔵庫が発売された1959年でも普及率は13%でした。

 

 970年代になってやっと58%になりました。2006年でも普及率は97%です。冷蔵庫の普及とビールの関係については以前にお話しした通りです。


 

一方日本では…


ちなみに、日本で国産の氷式冷蔵庫が発売されたのは1908年(明治41年)で、夏には毎朝氷屋さんがリヤカーを引いて家々を回って氷を届けました。しかし、高価であること、新鮮な食材が手軽に入手できたことが理由で、やはり普及には時間がかかったようです。

 

電気冷蔵庫はその逆で、日本で最初に一般家庭向き電気冷蔵庫が発売されたのが1952年で、1965年には普及率が50%を超えました。冷蔵庫がほぼ一戸に一台になったのが1975年です。

このように、イギリスに比べると日本の方が普及が早かったことがわかります。日本では最初の冷凍冷蔵庫は1961年に発売されました。

 

冷蔵庫の未来

 

2018年にイギリスで始まった「絶滅への反逆(Extinction Rebellion)」による、気候変動の危機を訴える大規模抗議運動が今月、2019年4月に行われました。それだけでなく、16歳のスウェーデン人気候変動活動家のグレタ・トゥーンベリ(Greta Thunberg)さんにインスピレーションを受けた子供たちが、全国の学校でストを決行しました。ますます多くの一般人が環境問題を訴える中、クリーンエネルギーに焦点が当たってきています。

 

オクスフォードではMalcolm McCullochがアインシュタインの技術を見直し、それを現代の技術やソーラーと組み合わせて、効率の良い冷蔵庫を開発しています。

 

ケンブリッジでは磁気を応用した冷蔵庫が開発されているところです。2010年には23歳のイギリス人女性Emily Cumminsが、ソーラーパワーと手元にある素材で動かせる冷蔵庫を開発してオスロ・ビジネス・フォー・ピース賞を受賞しています。アフリカの電気の通っていない場所で使うようにとデザインされたものです。

 

一方日本では、非電化工房が電気を使わない冷蔵庫を開発しているようです。

 

ワインから始まり、自動車業界を経て気候変動の問題へ。冷蔵庫の歴史はまだ100年ちょっとですが、その発展はその時代を反映しています。これからどのように冷蔵庫が、食料保存が進化していくのか、楽しみです。


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<参考文献>

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Beder, Sharon, 1998, The New Engineer: Management and Professional Responsibility in a Changing World (Macmillan Education AU)
Beynon, Huw, Cam, Surham, Fairbrother, Peter and Nichols, Theo, 2003, “The Rise and Transformation of the UK Domestic Appliances Industry”, Cardiff University, School of Social Sciences, Working Paper Series Paper 42
Gantz, Carroll, 2015, Refrigeration: A History (McFarland)
Jackson, Tom, 2015, Chilled: How Refrigeration changed the world and might do so again (Bloomsbury)
Lethbridge, Lucy, 2013, Servants: A Downstairs History of Britain from the Nineteenth Century to Modern
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Martin, Kathy, 2016, Famous Brand Names and Their Origins (Pen & Sword History)
Peavitt, Helen, 2017, Refrigerator: The Story of Cool in the Kitchen (Reaktion Books)
Philllips, Cynthia, Priwer Shana, 2018, 101 Things You Didn’t Know about Einstein: Sex, Science, and the
Secrets of the Universe (Simon and Schuster)
Pook, Leslie Phillip, 2015, British Domestic Synchronous Clocks 1930- 1980: The Rise and Fall of a Technology (Springer)
Smith, Andrew, Kraig, Bruce, ed. 2013, The Oxford Encyclopedia of Food and Drink in America (OUP USA)
Tro, Nivaldo J., 2015, Chemistry in Focus: A Molecular View of Our World (Brooks Cole)
Trentmann, Frank, Carlsson-Hyslop, anna, 2018, “The Evolution of Energy Demand in Britain: Politics, Daily Life, and Public Housing, 1920s-1970s”, The Historical Journal Vol. 61, Issue 3, September 2018 (Cambridge University Press)

BBCウェブサイト
Camfridgeウェブサイト
Emily Cumminsウェブサイト
フリッジデールウェブサイト
Royal Societyウェブサイト
The Guardianウェブサイト
一般社団法人 家庭電気文化会ウェブサイト
おおぐちデジタルミュージアムウェブサイト
非電化工房ウェブサイト