2021年5月8日土曜日

Q:屋根裏にいるのは誰? 屋根裏の歴史

私の寝室は最上階にあるのですが、最近寝ていると雛鳥の鳴き声が良く聞こえるようになりました。中が壊れて使っていない煙突の上には、毎年のようにニシコクマルガラスが巣を作るので、またその季節になったんだなぁ、と思っていましたが、いつもより鳴き声が近く、しかもカサカサコソコソという音が煙突とは違う方向から聞こえてくるのです。

 

 

屋根裏に鳥の巣が!


気になったので、もしかしたらと屋根裏に入ってみました。屋根裏は普段使わない荷物置き場になっています。階段もハシゴもついていなく、脚立を登らないと入れないので、荷物を入れるのもおっくうで、開き戸の周りに少し置いてあるだけです。脚立の上からよじのぼり、真っ暗な空間に電気をつけて、探索しました。

 

開き戸は家の中心、屋根が一番高いところの下にあり、お隣との境の壁近くにあります。家の前方と後方は屋根が低く、床とくっついています。屋根の一番高いところでは立てますが、あとはかがまないと歩けません。屋根の低いところでは床に横にならないといけないぐらいです。

 

そろりそろりと歩きながら見ていくと、道路側の軒下から光が漏れているではないですか。そこには直径1020cmほどの穴があいており、その前の床には木の枝が広がっていました。

 

その手前から穴の方を覗き込むと、外からこちらを覗いている鳥とご対面。なんとホシムクドリが巣を作っていたのです。卵はかえっているようで、ヒナの姿を探したら、家の真ん中の梁の脇に3羽隠れていました。これはいけない、野生の鳥を保護してくれるところはないか、と調べてみました。

屋根裏の歴史
最上階の天井についている屋根裏の戸

屋根裏の歴史


使用中の巣の除去は法律違反


野生動物の保護は法律で定められており、使用中の野生鳥の巣や卵の除去は違法になります。そのため、ヒナ達が育って巣立つまでは手を出すことはできないということが判明しました。とりあえず出来る限り新聞紙をひき、自分たちのものにはカバーをして被害を最小に止めるしか手がなさそうです。

 

 

屋根裏は秘密の香り

 

オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』では、いつまでたっても若く美しいドリアンとは裏腹に、年をとり醜くなっていく彼の肖像画が屋根裏に隠されています。

 

シャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』では、ジェインの家庭教師として雇われたお屋敷の当主ロチェスターが、精神病の妻バーサを屋根裏部屋に幽閉しています。このように屋根裏というのは、なんとなく秘密の香りがして、想像力をかきたてます。

 

 

アティックとは


屋根裏のことを英語でatticと言いますが、世界大百科事典第二版によると、アティックとは「古代ローマ建築の正面最上部を成す帯状壁面」で、古代ギリシアの「アッティカ風」から来た言葉だそうです。「本来は屋根こう配を隠し、正面を方形に整えるための装飾壁であったが、ルネサンス時代以降の宮殿・住宅建築ではこの壁に対応して窓が設けられ、新たな階が付加された。このため、この最上階すなわち屋根裏部屋もアティックと呼ぶようになった」とあります。

 

英語では1807年までには「家の屋根の下の最上階」を示すようになったようです。

 

 

昔のイギリス人は小さくなかった!


イギリスの古い家を訪ねると、最上階部分は天井がとても低いところが多いことに気がつきます。私はイギリス人は昔は小さかったんだ、とずっと思っていましたが、実はそうではありませんでした。 

 

12世紀のイギリス男性の平均身長は173cm1517世紀半ばで173174cm17世紀後半に169cmになったものの、19世紀には175cmに、そして2010年に国家統計局が発表した平均身長は175.3cmです。ですから、それほど劇的に変化していないことになります。

 

実は、昔は屋根の内側はむき出しのままで、天井がなかったので、高さは十分にあったのです。

 

昔は煙突がなく、炉床は部屋の中心にありました。ですから屋根裏は荷物を置くぐらいしかできませんでした。それが1517世紀にかけて煙突ができるようになると、煙の心配なく屋根裏に人が住めるようになりました。

 

 

屋根裏の歴史
14世紀に建てられた家の天井。16世紀に2階部分が作られた。

屋根裏部屋は召使いのもの

屋根裏部屋を示す言葉にgarretがあります。これは古期フランス語のgarite(見張り塔)からきており、14世紀初頭には「家の最上階、屋根の下にある部屋」という意味で使われていたようです。これは質素なみすぼらしい部屋で、召使や、貧しい下宿人が使っていました。

 

17世紀の一般的なロンドンの商家は、1階の通り沿いの部屋がお店、その後ろにキッチンや家事室があり、地下があることもありました。上の階は家人のプライベートなスペースで、最上階に召使や労働者が使う屋根裏部屋がありました。

 

1756年に書かれた『A Complete Body of Architecture』には、ロンドンのテラスハウスについて、garretは家人の部屋よりも小さく分け、召使たちのベッドを置くが、それでもスペースが十分でない場合には、キッチンにベッドを置き男性の召使一人か、メイドが二人寝られるようにする、と書いてあります。

 

屋根裏の歴史
19世紀に建てられたロンドンのタウンハウス。屋根裏部屋の近くにある召使呼び鈴。


トイレもなく、風呂場もなく、掃除機も洗濯機もない時代、中流家庭には召使が必要でした。でも20世紀に入り、第一次世界大戦、第二次世界大戦を経験し、状況は変わっていきました。男性は戦場へ行き、女性が男性の代わりに工場など社会で働く機会が増え、女性は女中奉公をしなくても生きていけるようになりました。 

下水が整備され、洗濯や掃除など機械がやってくれるようになり、召使の必要性が減りました。1718世紀に建てられたタウンハウスは普通の中流家庭には大きすぎるようになり、住宅不足も手伝って、多くがフラット(アパートメント)に改築されました。そのため屋根裏部屋も貴重な住居空間となりました。 

 

屋根裏部屋からロフトへ 

 

さて、20世紀も終わり、21世紀に入る頃には、「ロフトコンバージョン」が流行るようになりました。これは屋根裏を部屋に改造することです。

日本でもよく聞くloftの語源は1300年頃に遡り、もともとゲルマン祖語の「空気、空」から古期英語や古ノルド語(中世のスカンジナビアで使用されていた言語)の「空気」「上の階」という意味になります。 

1500年頃から教会の側廊上の階上席を指すようになり、1520年代頃からは厩の上にある藁などを入れる部分を指すようになりました。ちなみに、garretは現在耳にしなく、atticloftは同じように使われています。

 

 

屋根裏の歴史
17世紀に建てられたウェールズの農家の家。
 

ロフトコンバージョンはまず1960年代にニューヨークのソーホーで始まりました。荒廃した軽工業エリアの建物のロフトにアーティストたちが住み、住居兼スタジオとして使うようになりました。

 

1970年代には、イギリスでも屋根裏を改造して利用すべきだと、さかんに言われ始めましたが、当時はまだ、手狭になったらその家を売って広い家に引っ越すことが当たり前でしたので、そこまでする必要性を感じる人は少なかったと思います。 

 

21世紀に入り、次第に地価が簡単に手の届かないレベルまで上昇していくと、気軽に買い換えができなくなりました。また、家の売買や引越しにかかる費用や、学校や地域とのつながりの断絶を考慮すると、一部屋作ったほうが経済的にも精神的にも楽です。

 

そこで、手持ちの家の住居スペースを広げ、家の価値を上げるロフトコンバージョンが人気になりました。寝室を増やすだけでなく、生活習慣や嗜好の変化により、今まで1階にしかなかったバスルームを各階につけたり、家で仕事のできる空間を作るためにも好まれています。コロナの影響で家で仕事をする人が増えたので、今後このトレンドは加速するでしょう。

 

 

コウモリの巣は除去禁止


ところで、友人夫婦が家を買い、ロフトコンバージョンをしようとしたところ、なんと屋根裏にコウモリが住み着いていることが判明。コウモリの除去は法律で許されていないので、泣く泣くその改築を諦めました。彼らはこれからもコウモリと同居していかないといけないそうです。鳥の種類によっては巣の除去も許されていなく、罰金の対象になるので、よく調べることが大切なようです。つくづく、屋根裏には秘密が隠されていることがあるのだと思った出来事でした。

 

屋根裏の巣から出て屋根の上でひなたぼっこしているヒナ

 

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<参考文献>

 

Ayres, James, 2003, Domestic Interiors: The British Tradition 1500-1850 (Yale University Press)

Coutts, John, 2012, Loft Conversions (Wiley-Blackwell)

Denison, Edward & Yu Ren, Guang, The Life of the British Home: An Architectural History (A John Wilwy and Sons, Ltd.)

Highmore, Ben, 2014, The Great Indoors: At Home in the Modern British House (Profile Books)

Shkuda, Aaron, 2016, The Lofts to SoHo: Gentrification, Art, and Industry in New York, 1950-1980 (University of Chicago Press)

Ware, Issac, Jones Inigo, 1756, A Complete Body of Architecture Adorned with Plans and Elevations, from Original Designs By Isaac Ware, Esq. of His Majesty’s Board of Works. In which are interpreted Some Designs of Inigo Jones, never before published. (T. Osborne and J. Shipton)

 

Wildlife and Countryside Act 1981 (https://www.legislation.gov.uk/ukpga/1981/69)

 

BBCニュースウェブサイト

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コトバンク

University of OxfordウェブサイトNews on 18 April 2017, ‘Highs and lows of an Englishman’s average over 2000 years’: https://www.ox.ac.uk/news/2017-04-18-highs-and-lows-englishman%E2%80%99s-average-height-over-2000-years-0