2022年12月4日日曜日

Q:悪霊は靴に閉じ込められるの? 魔除けの歴史2

前回、猫が魔除けに使われていたと書きましたが、同様に家に隠されたものとして靴や衣類があります。しかも、使い古された片方の靴が頻繁に見つかっているのです。どうして靴が隠されたのでしょう? 調べてみました。

 

隠された靴

 

発見された靴は、捨て忘れたとか、隙間風が入ってくるのを防ぐとかに使われたものではありません。煙突の中や、壁の間、床下、屋根裏に、誰かが意図的に置いたものです。多くは17世紀から19世紀のものだそうです。

 

実は魔除けに関する研究は文献が少なく、わからないことが多いそうなのです。靴に限って言うと、最初に研究を始めたのは、ノーサンプトン博物館(Northampton Museum and Gallery)に勤めていた靴の歴史専門家、ジューン・スワン(June Swann)です。彼女は人々が発見した靴を、隠されていた場所と、理由についての発見者の推測とともに事細く記録し、それは「Concealed Shoe Index」として研究者の間で知られるようになりました。その説の中には、「床板の間から落ちた」というものから、「煙突掃除屋の靴が脱げてそのままになった」「ネズミが運んできた」というものまであったそうです。彼女は次第に、その理由は迷信ではないかと考えるようになりました。

 

魔除けの靴
17世紀に隠された靴 Moyse's Hall Museum

 

靴は幸運の印

 

イギリスでは、靴は幸運の印だと考えられていました。1546年に発表された『The Proverbs of John Heywood』の中には、「旅人の幸運を祈って、その人の後ろ姿に古い靴を投げる」というものがあります。

 

結婚式では、新婦は古い靴を履くと幸せになれると言われていましたし、結婚式を挙げたばかりのカップルがハネムーンに出掛ける際に、後ろから古い靴を投げると二人が幸せになれるといわれていました。

 

未婚の女性が寝る前に靴をTの字にしてベッドの下に置いて呪文を唱えると、将来結婚する相手が夢に現れると言われました。

 

 

靴が病気を治す?

 

老人が寝る前に靴を十字形、V字型、またはT字型にしてベッドの下に置くと、リウマチが治るとも言われていました。

 

サセックスでは、震えをともなう高熱があるときには、キク科のタンジーの葉を靴にいれるといいと言われていました。

 

ウォリックシャーでは、風邪には、ワイルドガーリックの球根を乾燥し粉状にしたものを、布の袋にいれて靴にいれるといいと言われていたこともあったようです。

 

 

悪魔と靴にまつわる言い伝え

 

ではどうして靴が魔除けになったのでしょう。一説によると、ある言い伝えがもとになっているとのこと。

 

1289年から1314年までバッキンガムシャーのノース・マーストンという村に住んでいたジョン・ショーンという神父は、治癒力を持っていると有名でした。その噂を聞きつけた悪魔は、その神父を堕落させてやろうと、旅人の格好をして村にやってきました。悪魔は神父に対して、様々な誘惑をしかけましたが、ジョン・ショーンは見向きもしませんでした。

 

神父は悪魔に言いました。

神父「なんでも好きなものを魔法で取り出す事ができるのかい?」
悪魔「なんでもできる、欲しいものを言ってみろ」

神父「まずは、その力を証明してくれ」

神父は自分の履いていたブーツを脱ぎ、この中に入れるほど小さくなれるか聞きました。

悪魔「そんなのお安い御用さ」

悪魔は小さくなり、ブーツの中に飛び込みました。ジョン・ショーンはすかさずブーツの上部を握りしめて悪魔を閉じ込め、神への祈りの言葉を囁きました。祈りは悪魔の耳を焼きました。

 

神父は、ブーツに閉じ込められた悪魔に、毎日毎日祈りの言葉を囁き続けました。ついに悪魔は悪さをしないから許してくれ、と言い、許された悪魔は慌てて地獄に逃げていきました。

 

 

ブーツに入った悪魔
John Schorne and the devil in the boot, St Gregory's Church in Sudbury photography by Evelyn Simak_ Creative Commons

悪魔を封印

 

宝石は身につけた人の魂が宿ると言いますが、靴も履いていた人の性質を帯びると考えられていました。靴は決して安いものではありませんでしたから、ボロボロになるまで何度も直しながら履かれていました。皮でできた靴は、履き手の足の形になりました。ですから、その持ち主を探して入ってきた悪霊が、靴をその持ち主だと勘違いして中に入り、ブーツに閉じ込められた悪魔のようにそこに封印されると、人々は信じていたのかもしれません。

 

新婚カップルの後ろに向かって靴を投げるというのも、悪魔が二人が不妊にするのを防ぐために、靴に閉じ込めるからだったようです。

 

 

悪魔は靴の燃えた匂いが嫌い

 

そして、どうもイギリスでは、靴の燃えた匂いは悪魔や蛇を近寄らせないと信じられていたようなのです。それを考えると、靴を煙突の近くに隠す事で、実際には燃やさなくても、その匂いが魔除けの効果を発揮すると考えられていたのかもしれないとのことです。

 

 

見えないところから見えるところへ

 

20世紀になると、使い古した靴の代わりに、お守りが使われるようになるようです。赤ちゃんの靴、またはそのために作られた小さな靴が「幸運を呼ぶために」壁に飾られたり、「幸運や金運を呼ぶ」として暖炉に飾られたりしました。そして、隠される代わりに、見えるところに飾られるようになりました。

 

 

移住民とともに世界へ

 

アメリカやオーストラリアでも同じように隠された靴が見つかっているので、移民たちが迷信をもって海を渡ったのでしょう。

 

現在は靴を飾ることはしないようですが、古い家に住んでいたら、どこかで古い靴が家を守ってくれているかもしれません。

 

 

 

*ご興味があれば、こちらもどうぞ*

Q:青色はどのように作られたの?

Q:中世のイギリスでは階層によって使う色は違っていたの?

Q:暖炉にも税金がかかったの?

 

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<参考文献>

 

Cadbury, Tabitha, ‘Materialising Magic in Museums’ in Hidden Charms: Exploring the Magical Protection of Buildings, Transactions of the conference 2018, ed. Billingsley, John, Harte, Jeremy, and Hoggard, Brian ( Northern Earth)

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Heywood, John, 1874, The Proverbs of John Heywood: Being the “Proverbes” of that Author Printed 1546, ed. Sharman, Julian (G.Bell and sons)

Hoggard, Brian, ‘Evidence of Unseen Forces: Apotropaic Objects on the Threshold of Materiality’, in Hidden Charms: A conference held at Norwich Castle April 2nd, 2016, ed. Billingsley, John, Harte, Jeremy, and Hoggard, Brian (Northern Earth)

Houlbrook, Ceri, ‘Ritual Recycling and the Concealed Shoes’ in Hidden Charms: A conference held at Norwich Castle April 2nd, 2016 (Billingsley, John, Harte, Jeremy, and Hoggard, Brian (eds.), 2016, Northern Earth)

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Radford, M.A, Radford, E., 2013, Encyclopaedia of Superstitions - A History of Superstition (Read Books Limited)

Howey, Terrie, 2019, Buckinghamshire Folk Tales (History Press)

Roud, Steve, 2006, The Penguin Guide to the Superstitions of Britain and Ireland (Penguin Books Limited)

Stirling, Sophie, 2020, We Did That? (Mango Media)