2019年3月11日月曜日

Q:冷蔵庫のない時代、どこに食料を保存していたの? 食料保存の歴史


イギリスは2019年3月29日にEUを離脱することになっています。ところがこれを書いている時点、期日の3週間前を切ったというのに、国内で何も合意がされていません。
 
 

EU離脱


もし合意なしの離脱(No Deal Brexit)になれば、今までスイスイと入ってきていたヨーロッパからの品はいちいち税関で止められ、関税が掛けられることになります。

 

特に春は、国内の野菜なども収穫時期ではなく品薄なため、他の季節よりもヨーロッパからの輸入品が多いのです。そうなると物流が止まり、そのため食糧難になると言われており、用意周到なイギリス人は今必死に買いだめしています。(「スーパーに食物がなくなったら、フィッシュ&チップス屋に行けばいいんだ」と言う脳天気もいますが

 

また、物流が戻っても関税が課され、ポンドの価値が下がるため、食料品はものによっては卸値が50%以上値上げされるものもあるだろうと言われています。もちろんこれは最悪の場合で、そうならないことを祈っていますが。

 

買いだめと言っても、冷蔵庫や冷凍庫には容量に限りがあり、買いだめできる生鮮食品は限られます。これまで冷蔵の歴史についてお話ししてきましたが、それでは冷蔵庫が発明されるまで、一般家庭ではどのように食料を保存していたのでしょう。21世紀の私達が先人の知恵から何か学べることはあるのでしょうか。



様々な食料保存室

 

冷蔵庫がない時代、人々はラーダー(larder)に肉類を、パントリー(pantry)にパンを、そしてバタリー(buttery)に酒類、酢、ヴェルジュ(未熟ブドウの果汁)を貯蔵していました。 

 

Larderはラテン語の「lardarium(食用肉のための部屋)」から派生した言葉で、元々ベーコンを入れておいたところだそうです。日本語でも「ラード」は豚脂のことですから、そう考えると納得がいきます。この言葉は1300年ごろから使われたそうです。 

 

Pantryはラテン語の「Panis(パン)」からきており、日本語のパンもここからきていますから、日本語で考えるとわかりやすいですね。この言葉は14世紀初頭から使われたそうです。

 

さて、Butteryですが、恥ずかしながら私はバター(butter)を貯蔵するところかと思っていましたが、この語源はラテン語の「botaria (酒樽、酒瓶) -> butte」で、お酒の貯蔵室でした。Butteryという言葉は14世紀後半から使われるようになったそうです。

  

ハンプトンコート宮殿には16世紀の台所がまだ残っていますが、そこには3種類のラーダーがあり、「食肉ラーダー(flesh larder)」には肉を、「ウェットラーダー(wet larder)」には魚を、「ドライラーダー(dry larder)」には豆類やナッツを貯蔵していました。パントリーにはパンの他、肉のパイやデザートのパイやペーストリー類が貯蔵されました。

 
 

14世紀の商人の家


もちろん、毎日6001200人を賄う台所は一般庶民の台所とは天地の差です。「カンタベリー物語」の著者として知られるチョーサー(Geoffrey Chaucer: 1343年頃〜1400年)の父親は裕福なワイン商人でした。1381年から住んでいた家には、キッチンにパントリーとラーダーがついていました。

 

地下に倉庫があり、そこはビジネスでも使っていたそうですから、飲み物はそこに貯蔵していたと思われます。1階部分はキッチンの他にホール、居間、寝室などもありました。

 

彼は恵まれていた方で、人口過密になってきていたロンドンでは、商人の家は1階部分に店と倉庫、2階部分にホール、キッチン、ラーダー、バタリー、そして3階部分に寝室という作りが多かったようです。


ラーダーとは


ラーダーは小さな部屋で、1859年に出版された『The English Cookery Book: Uniting a Good Style and Economy and Adapted to All Persons in Every Clime』によると、北向きか東向きの、風通しの良く、日光の当たらない場所に作るべきとあります。地下は風が通らないので不向きだとしています。

 

狭い場所でも、棚と亜鉛製の有孔ドア(ハエが入らない程小さいけれど、自由に風が通るほど大きい穴のあるもの)さえあれば十分だとしています。

 

壁は生石灰を使った漆喰で覆われており、それがラーダーの空気中の湿気を吸い取り、乾燥を保ちました。

 

記録に残っている1311年のラーダーには様々な肉の他、アーモンド、米、ラード、オートミール、塩が貯蔵されていました。

 
 

19世紀の食料貯蔵室


貯蔵室が一つしかない19世紀の家では、そこは床が石でできており、通常大理石かスレートの棚が付いていました。下の棚に生肉を置き、真ん中の棚に新鮮な野菜を、そして一番上の棚に卵や牛乳、クリーム、バターを置きました。

 

天井にはフックが付いており、ベーコンや鳥などが吊るされました。別の棚にはパイやペーストリーが、そしてパンは乾かないようにブレッドビンと言われるパン入れに入れておかれました。また、ホームメイドのピクルスやジャムなどの瓶詰めがおかれ、その近くに粉、塩胡椒、砂糖がおかれました。

 
 

21世紀の食料貯蔵室


エコマガジン『Permaculture』には21世紀になって、冷蔵庫の代わりに自宅にラーダーを作った人の記事が載っていました。彼は天井から壁から床まで25mmの花崗岩を貼り、空気が通るように空気穴を上の方と下の方に開け、必要であれば凍らした2リットルの水を上の棚に置くことで温度を保っているそうです。肉や魚の長期保存はできませんが、チーズ(ビニールは外して紙で包む)やサラダはとても良く持つそうです。

 

ここまで徹底したものでなくても、実は21世紀になってラーダー/パントリーはまた人気になってきています。ほとんどの場合は部屋ではなく、両開きになっている戸棚です。

 

冷蔵庫の存在する現在では、ラーダーもパントリーもほとんど同じ意味で使われますが、どうして今になり人気が復活したのでしょう。前世代よりも金銭的、健康的、環境的に意識が高い若い世代が、スーパーで買うチンするだけの食事に飽き飽きして、もっと自炊するようになったからかもしれません。冷暗所を台所の一角に作ることができれば、食べ物を長持ちさせ、しかも手元にある食材が一目瞭然なので、料理も楽しくなります。
 

ラーダーには、硬いチーズやイモ類、玉ねぎ、にんにく、カボチャ類、パン、卵、バナナやパイナップル、ハーブやスパイス、粉類や乾燥豆類なども保存することができます。卵に関しては、イギリスの卵は無洗浄なので、天然の保護膜があり、常温で保管できますが、日本では通常卵は洗浄されているので、冷蔵庫で保管しないといけません。


 

食べ物を長持ちさせよう

 

ラーダーに似たようなもので日本には床下収納がありますね。私が育った家にあった床下収納はやはり風通しが良く、乾燥しており、夏でもひんやりしていて、母が作った梅干しとか梅酒とかを貯蔵していたことを覚えています。

 

残念ながらうちの台所にはラーダーを作るスペースはないのですが、北向きの庭の物置の中の大工道具を脇に寄せて、一角に野菜を貯蔵するスペースを作ってみました。ジャガイモは芽が生えてきてしまいましたが、サツマイモや玉ねぎはなかなかいい調子です。

 

それに、これをきっかけに野菜や果物をどういう状態で保存するのが一番いいのか、いちいち調べるようになりました。例えば、生姜やレモンをそのまま棚に保存していたのが、実はビニール袋に入れて冷蔵庫に入れたほうが長持ちすることもわかり、今までなんともったいないことをしていたか思い知りました。

 

今回は保存場所について書きましたが、次回は実際にどういう方法を使って食料を長持ちさせてきたのか、それについて書いてみたいと思います。


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<参考文献>
 
Breverton, Terry, 2015, The Tudor Kitchen: What the Tudors Ate & Drank (Amberley Publishing Limited)
Foy, Karen, 2014, Life in the Victorian Kitchen: Culinary Secrets and Servants’ Stories (Pen and Sword)
Harrison, Molly, 1972, The Kitchen in History (Charles Scribner’s Sons)
Myers, A.R., 2009, Chaucer’s London: Everyday Life in London 1342-1400 (Amberley Publishing, reprint edition)
Walsh, John Henry, ed. 1859, The English Cookery Book: Uniting a Good Style with Economy and Adapted to All Persons in Every Clime (G. Routledge and Co.,)

Permaculture Magazine issue 63, Spring 2010
The Guardian
Online Etymology Dictionary

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