2015年7月26日日曜日

Q:水洗トイレはいつできたの? トイレの歴史(2)


さて、前回トイレの歴史について書きましたが、今回はその続きを書いてみたいと思います。皆さんは水洗トイレがいつできたか知っていますか? 前回ミノア文明のクノッソス宮殿の女王のバスルームに水で洗すトイレがあったお話をしましたが、もっと近代的な水洗トイレはなんと16世紀に考案されたのです。

 

 

16世紀に発明された水洗トイレ

 

考案したのはイギリス人のJohn Harington(1561-1612)。彼はエリザベス一世の名付け子で詩人でした。しかし、イタリアルネッサンスの詩人アリオストの「狂乱のオルランド」からの、性的にきわどい話を英語に翻訳した物を宮廷の女性達に配っていたのが女王の逆鱗にふれ、1584年に追放されてしまいます。

 

Sir John Harington from The metamorphosis of Ajax Wellcome Collection (public domain)

イギリス西部バースの近くに彼は自分で家を建て、そこに自分でデザインした水洗トイレを設置しました。

 

 

女王も試した水洗トイレ

 

8年後に彼を許した女王はその家を訪ねます。ハリントン卿はトイレを誇らしげに見せ、女王も実際に試した様です。そして彼は、女王の為にリッチモンド宮殿にも新しい水洗トイレを設置します。

 

ハリントン卿は、このトイレの事を「Ajax(アジェイクス)」と名付けます。これは1530年頃から、汲取式のトイレのことを「Jakes」と婉曲的に呼びましたが、それをもじったものです。ちなみにアイルランドではトイレの事を「Jacks」、アメリカでは「John」と呼ぶ事があるそうですが、それも「Jakes」に由来しているそうです。


John Harington, 'A New Discourse of a Stale Subject, called Metamorphosis of Ajax' 1596 (public domain)
                        
A New Discourse of a Stale Subject, called the Metamorphosis of Ajax', 1596 - See more at: http://www.historytoday.com/richard-cavendish/death-sir-john-harington#sthash.EsR40kJq.dpuf
A New Discourse of a Stale Subject, called the Metamorphosis of Ajax', 1596 - See more at: http://www.historytoday.com/richard-cavendish/death-sir-john-harington#sthash.EsR40kJq.dpuf

汚物の匂いをなんとかしたい

 

ハリントン卿が最も心配していたのは匂いでした。汚水槽の匂いがひどく、当時は瘴気が病気の原因になると考えられていたので、それを防ぐ方法を考えたのでしょう。女王の鬱でさえ匂いが原因だと考えられていました。

 

 

20人使おうと、日一回流すだけ

 

Ajaxは洗浄水タンクがあり、タンクの上にあるハンドルを引張りバルブを開くと、水が下の便器にながれ、もう一つあるバルブをひっぱると、汚水溜めに流れ落ちる仕組みになっていました。節水の為、ハンドルには鍵がついており、鍵をもった人でないと水を流せないようになっていました。「20人使おうと、1日に一度流せばいいだけ」とうたっていましたが、そうでなくても、汚水溜めの匂いはかなり臭かった様です。



流行らなかった水洗トイレ

 

結局匂いを止める為に作られたものの、やはり臭いこと。そして、トイレが自分の所に来るのに慣れていた女王にしてみれば、自分がトイレに行かねばならないこと。そして、後の始末は自分達でやらなくていい上流階級の人にとっては、別に水で流れようと、そうでなかろうと、あまり関係なかったこと。この三点が理由で広まりませんでした。

 

また、ハリントン卿が自分の発明について本を書いたのですが、冗談まじりのその内容が人々に受け入れられなかったようで、人々はハリントン卿を冗談の種にし、その発明を無視したという説もあります。

 

おまる(chamber pot)のいいところは、いつでもどこでもできること。人前だろうと、ボリュームのあるスカートのお陰で、レディ達は人知れず立ったまますることができたのです。



後始末は…

 

では事の始末は誰がどうしていたのでしょう。もちろん上流階級のお屋敷では召使いが処理していましたが、一般家庭でもおまるの中身は汚物溜に捨てられ、それを集める業者がいました。都市部では、汲取式トイレの汚水槽は地下にあり、平均的な家では16トン貯めれたらしいですが、それを汲み出すのに、12人の男が2夜がかりで行いました。その人件費、汚物を入れる大きな樽をいくつか、それを運び出す手押し車、彼らの食事、蝋燭代、汚水槽の清掃人、汲み出す際に壊れたレンガの修理人、そして、汚物が家の中を通っていきますから、家の清掃代と、恐ろしくお金がかかりました。そのため、ほとんどの人は窓から外に捨てたり、川にそのまま捨てました。

 

 

貴族宅では個室トイレ

 

アン女王の夫であるデンマーク=ノルウェー人のプリンスジョージ(1653-1708)は大理石のシートのついた水洗トイレを持っていたそうですし、1690年代にデヴォンシャー公爵邸Chatsworth Houseに少なくとも10個のwater closet (WC)とよばれる個室トイレが作られました。西洋スギと大理石でできた便器に、器具は真鍮でできていました。でも水洗トイレが広まるにはハリントン卿の発明から200年程待たなければなりませんでした。

 

 

1775年に、時計屋のAlexander Cummingがハリントン卿の発明を改良し、U字管のついたトイレを作り、特許をとりました。U字管のお陰でトイレの匂いがなくなりました。


Alexander Cummings S-bend flush toilet patent, 1775 (public domain)

                           

1778年には、Joseph Bramahが貯水タンクのデザインで特許をとります。若い時に事故にあい、家業の農業をつげなくなったBramahは、Cummingデザインのトイレのとりつけの仕事をしていました。そこでタンクの水の排水口が冬になると凍ってしまう事に気がつき、丁番つきのフラップに換えました。

 

彼は興行的手腕に長けており、10年のうちに、全国的に6千ものwater closetを設置しました。ヴィクトリア女王も、ワイト島のOsborne Houseに設置させました。



 Bramah's water closet, 1778 (public domain)


トイレは出来たけど…

 

水洗トイレは人気になりましたが、流す音があまりに大きかったので、排泄したことを知られない為に、最初はおまるの中身を捨てる為に使われました。特に、レディが夜寝室を出てトイレにいくのは恥ずかしい、又ははしたないと思われていたようで、相変わらず寝室のおまるで済ませていました。

 

19世紀の中〜上流家庭のトイレ

もちろん、トイレを設置できる人は限られていましたから、ほとんどの人はおまるを使っていましたし、いなかでは、裏庭にある肥やし用の穴の上に木製のシートを置いただけのearth closetが使われていました。

 

 

 

万国博覧会で水洗トイレ

 

1851年のロンドン万国博覧会には、水洗トイレが設置され、600万人の入場者のうち、14%にあたる84万人程がこのトイレを使いました。この頃には、水洗トイレがある家はまだ限られていたので、多くの人が初めて水洗トイレを経験したことになります。

 

この時の使用料が1ペニーだったので、イギリスでは、今だにトイレに行く事を「spend a penny」と湾曲的に表現します。

 

この万国博覧会のお陰で、水洗トイレは一般に広まり、皇室御用達になったThomas Crapperを始め、多くの人がトイレ業界に参入し、様々なトイレのデザインが市場に溢れる様になります。


©モリスの城
©モリスの城
©モリスの城
 

女性専用の公衆便所

 

1852年には、ロンドンに初めて女性専用の公衆便所ができました。男性と違い、レディはその辺でできないので、それまで動きが限られていましたが、これで比較的自由に外に出られる様になったのです。

 

とはいえ、レディがトイレに入っていく所をみられるのは恥ずかしい、また、用を済ませるのに2ペンス、手を洗うのに2ペンス払わなければならなかったので高価であったことが理由で広まりませんでした。


まだ使われている19世紀の公衆トイレ
 

下水道の導入

 

1848年になると、各家のトイレは下水管につなげなければいけないという条例ができました。ただ、それまでは雨水だけのものだったところに、大量の排泄物が流れる様になったので、対応しきれず、大雨の日には溢れてしまいました。

 

以前にも書きましたが、1858年の夏は猛暑で、汚水が垂れ流しになっていたテムズ川の匂いがあまりにひどくなり、議会の業務に支障をきたたので、議会は閉鎖されなければいけませんでした。そこで土木技士のJoseph Bazalgetteが地下下水道を作りました。この下水道のお陰で家々に水洗式のトイレとバスルームができるようになったのです。

 

 

 

下水道は病気の原因になる?

 

1840年代までに、汚水が病気の原因であると認識はされましたが、汚れた空気が原因だと思っている人はその後もまだ多くおり、看護婦のナイチンゲールでさえ1869年の出版物の中で、家のパイプを下水管につなげると汚水の匂いが上がって来て、猩紅熱やはしかの原因になるので気をつける様書いています。


労働者用住宅では…

 

さて、中流家庭が自分の家にWater ClosetWC)やバスルームを作っている一方、貧しい人達は屋外にある共同トイレを使わなければなりませんでした。1870年代に作られた「back to back」と呼ばれる労働者用住宅では、中庭の一部に、下水道につながっている共同の水洗トイレがありました。11軒、60人が4つのトイレをシェアしていました。きっとほとんどの人はおまるですませていたのでしょうね。

 

1925年頃の屋外トイレ

 

さて、今回は水洗トイレの歴史について書いてみました。私は水洗トイレは20世紀にできたものだとおもっていたのでびっくりしました。またトイレに関して書いてみたいと思っています。

 

 

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<参考文献>

 

Binney, Ruth, 2012, Wise Words and Country House Ways (David & Charles)

Colman, Penny, Toilets, Bathtubs, Sinks, And Sewers: A History of the Bathroom (Amazon Media)

Mortimer, Ian, 2013, The Time Traveller’s Guide to Elizabethan England (Vintage Books)

 

Stevenson, Angus, ed., 2010, Oxford Dictionary of English (OUP Oxford)

Worsley, Lucy, 2011, If Walls Could Talk: An Intimate History of the House (Faber)

Wright, Lawrence, 1963, Clean and Decent: The History of the Bathroom and the W.C. (Routledge & Kegan Paul)

 

BBCシリーズ「The History of the Home(2016)

Historic UK website

 


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