2019年1月1日火曜日

Q: このちぐはぐな建物は何?「ファサーディズム」について

先日ロンドンに行ったら、変なものを見つけました。古いビルの正面が皮一枚、新しいビルに立てかけてあるのです。まるで舞台の大道具のように。


新しい建物の前に古い建物の正面が立てかけてある ©モリスの城
横から見たところ ©モリスの城

古い建物の保存に厳しいイギリス


以前にも書きましたが、イギリスでは古い建物の保存に厳しく、保存リストに載っている場合には、建て替えるにしても、正面はそのまま残すように言われます。皆さんがよく知っているところでは、ロンドン中心部リージェントストリートは、正面は古いですが、建物そのものは 建て替えられているものが多いです。が、古い正面と新しい中身が上手につなぎ合わせてあるので、違和感を感じません。ところが、どうも最近、開発業社達がかなり好き勝手をやっているようなのです。そこで調べてみました。

 

リージェントストリート ©モリスの城
 

外観維持とは?


建物の正面だけを残すことは「façade retention(外観維持)」または「facadism (ファサーディズム)」と呼ばれます。ファサーディズムと一口に言っても、外観維持の他に、新しい建物なのに周りの建物に合わせて古く見せるような装飾をつけたり、例えば古い教会を外観をそのまま中は住居に変えたり、ということもその定義に含まれると言う人もいます。が、ここでは外観維持のみに焦点を当てたいと思います。

 

外観維持は、1980年代に、建物の正面だけを立たせておくことのできる技術が開発されてから、頻繁に行われるようになりました。これはイギリスに限らず、ヨーロッパ各国やアメリカでも行われています。


外観維持の理由

 

何故外観維持をするのか。David Highfieldは『The Construction of New Buildings Behind Historic Façade』の中で理由を挙げていますので、幾つか紹介します。

 

1. 銀行や保険会社など、イメージを大切にする会社は魅力的な古い建物を好む。

2. 建築的・歴史的に維持する意義があり、それが雇用を創出する場合、補助金が出ることがある。

3. 通常建物を開発する場合、建築計画許可(planning permission)が必要になるが、外観が変わらない場合はそれが必要ない為、時間短縮でき、コストも抑えられる。

4. 古い建物は天井が高い場合が多いので、天井を低くしてフロアを増やすことができる。フロアスペースが増えればそれだけ家賃収入も増える。
5.1948年に導入された容積率規制により、市街地での新しい建物の敷地面積:建築延べ面積が1:3から1:5の間でなくてはならなくなった。古い建物はその比率が高い場合が多く、1:7という場合もある。外見維持をすればより広い床面積を維持することができるだけでなく、さらに4番目のポイントを考慮し、フロアを増やせば、その敷地面積から得られる利益が増える。
6. 外観がよく、構造的にもしっかりしていても、例えば古い床は木製である場合が多く、最新のオフィス機器を支えるに十分でない。現存する床を補強するか、コンクリートやスチール製のフロアにする必要がある。
7. 内部のレイアウトが現在の用途に適していない
8. 内部のレイアウトが現在の防火法規に適合していない。
9. その通りや地域の特色を維持するためにその外観が必要である。


もともと4階建の建物が、5階建に変えられている。©モリスの城
 

外観維持の必要ある?


建築的歴史的重要建造物リストに載っていない建物でも、外観維持がされる場合があります。主な理由は、上のリストの35ではないかと考えられます。

 

特に2008年以降、古い建物を開発して、海外の富裕層にその一切れ(アパートメント一戸)を億単位で販売するようになり、それ故に地価が高騰しています。ですから、フロアが増えれば、それだけ利益が増えますから、開発業社にとっては美味しくてたまらないのです。

 

でも、開発業社の都合と利益だけで、意味もなく外観を保つのであれば、クリエイティブな建築家に、自由な設計をさせた方が、将来の為に良いのではないでしょうか。

 

そう考え、2002年にキャンペーンを始めたのが、建築家のRichard RogersRichard ColemanRichard MacCormacです。この3人のリチャードは外観維持に疑問を呈し、中途半端な外観維持で二流の建物を建てるのであれば、高質の全く新しいデザインの建物を建てるべきだと主張しています。

 
古いのはうわべだけで… ©モリスの城
 
1m程の厚さの正面の裏側は通路になっており、その後ろには全く関連性のない建物が建っている。 
©モリスの城

保存の意義


保存主義者は、そのまま時間を止めて、博物館かであるように保つことが必要だと考えます。確かに、建築からの視点から見て、建物はその時代や社会を反映するものであり、正面はいわばその「顔」。そのため、正面とその他の部分に全くの相関性が見えないのは、問題だとは思います。

 

と同時に、建物の老朽化や、時代の変化による使途の変化に対応していく必要もあります。特に保存地区では、綺麗な街並みが守られ、建物を使う人の利便性が叶えば、それはそれなりに妥協していかなければいけないのが現実です。


それにしても……

 

とは言っても、現在まかり通っているのは、どう見ても舞台の大道具のようです。正面と本体の相関性がないどころか、正面と新しい建物のプロポーションを考えたり、新しい建物の窓の位置を古い正面に合わせようとする努力さえ見えません。見えるのは怠惰な姿勢だけです。

 

頭も使わず、お金も使わず、建てたいものを建てておいて、その前に古い正面をポンっと置いておく。そこには建築家の誇りも何も感じられません。それどころか、下品な言い方をすれば、保存主義者に対し、指を突き立てているとしか思えません。

 

演劇で有名なイギリスですが、このままでは街全体が舞台装置に成り果ててしまいます。そして何年か経ち、その正面が痛んでしまったら、ポイッと捨てられてしまうのではないか、それが心配です。 

外観と全く関連性のない建物が内側から生えている。©モリスの城
 
古い教会の正面の後ろには『スター・ウォーズ』に出てきそうな建物が… ©モリスの城
 
窓の位置を合わせようという努力さえも見られない。©モリスの城
 
上の建物を横から見たところ。 ©モリスの城

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<参考文献>
 
Highfield, David, 1991, The Construction of New Buildings Behind Historic Facades (CRC Press)
Richards, Jonathan, 1994, Facadism (Routledge)

The Guardian紙ウェブサイト
Building誌ウェブサイト

2018年12月11日火曜日

Q:クリスマスに食べるミンスパイは法律違反なの?

イギリスではクリスマスシーズンになると、ミンスパイ(mince pie)がお店に並びます。ミンスパイとは、ドライフルーツの詰まった甘いペーストリーです。日本のお菓子に比べるとかなりヘビーなので、私は最初は苦手でした。ミンスパイのないクリスマスなんてありえないので、仕事先でももらうし、スーパーでも買っていましたが、ん〜、という感じで、好んでは食べませんでした。

 

ホームメイドのミンスパイ

イギリスを何年か離れたのですが、その間に急に食べたくなりました。売ってないなら作るしかない、と、地元のイギリス食材屋でミンスパイに入れるミンスミート(ミンスパイの中身のこと)を探したのですが、ありません。

それを義母に伝えたら、彼女のレシピを教えてくれました。そのレシピで作ったら、それはお店で売っているものと全く違って美味しい!こんなにも違うものかと、それ以来自分で作るようになりました。


©モリスの城

ひき肉が入ってないのにミンス?


一つ、いつも不思議だったのは、どうしてひき肉(mince meat)が入っていないのに、ミンスパイというのだろう、ということです。それにミンスパイはいつから食べられるようになったのでしょう。それを調べてみました。

 

現在のイギリスのクリスマスは、19世紀のビクトリア女王の旦那様アルバート公がドイツ人で、彼がドイツの習慣をイギリスに紹介したことに由来すると言われています。

 

ところが、ミンスパイはもっと昔からイギリスで食べられていました。ミンスパイの紀元は13世紀に遡ります。十字軍が中東から持ち帰ったレシピは、肉とフルーツとスパイスを混ぜたものでした。これは肉を保存する知恵として持ち帰られました。

 

1413321日のヘンリー5世の戴冠式の晩餐では、ミンスミートパイが出されています。

 

 

ひき肉が入ってた!

チューダー朝(14851603)のミンスパイ(クリスマスパイとも呼ばれる)の材料には、 マトンが使われました。ルカの福音書によると、キリスト降誕を一番に知らされたのが羊飼い達だったために、羊肉が好まれたのです。

 

それとスウェット(羊脂または牛脂)を細かくしたものに、砂糖、塩、レーズン、カラント(小粒な干しぶどう)、オレンジの皮、ショウガ、ローズウォーター、そしてメース、ナツメグ、シナモン、クローブといったスパイスが加えられました。キリストと12使徒を祝って13種類の材料が使われたという説もあります。

 

当時のミンスパイは長方形で大きくて、スプーンで切って分けました。ナイフで切るのは縁起が悪いと考えられていたからです。最初の一切れは一番若い人に出され、その人が願をかけました。


©モリスの城

大きなパイ


その後のレシピには、肉に牛タンや子牛や子羊の肉が使われたり、プルーンやデーツ(ナツメヤシの実)が入れられたり、レモンが入れられたり、と色々と変化しています。
 
子羊のもも肉すべてを使って一つのパイを作るというレシピもあるので、パイのサイズもかなり大きかったことがわかります。
 
砂糖は貴重なものだったので、一般の人は、はちみつを使いました。


ミンスパイ禁止令?

 

17世紀になり、清教徒(ピューリタン)革命が起こり、イギリスは共和政になります。当時政治を仕切っていた清教徒は「クリスマスを禁止し、ミンスパイを禁止した」と言われており、未だに「クリスマスにミンスパイを食べるのは法律違反か?」というような記事がまことしやかに出回ったりします。ところが、史実を見てみると、ミンスパイ(やその他の食べ物一切)が禁止された事実はありません。

 

清教徒は、質素を徳とし、華美を嫌う人たちですから、宗教の名の下で行われる、クリスマスの飲んで食べての馬鹿騒ぎは許し難いものではあったようです。何と言っても暴食暴飲は七つの大罪の一つです。

 
 

クリスマス禁止令?


また、元来、キリストの誕生日がいつなのかははっきりしません。ですからずっと昔からあった冬至のお祭りに合わせて、キリストの誕生を祝うようになったのです。その為、教会のミサなど宗教的に重要な日でもありましたが、と同時に、昔からの非宗教的な要素も強く残っており、1647年、 議会は迷信深い習慣であるとして、クリスマスだけでなく、イースター等の祭事を禁止しました。 

 

その日は教会は閉ざされ、人々は通常通りに仕事に行くよう布告が出ました。人々は概ねその布告を無視しましたが、一部の人はクリスマス禁止令に憤慨し、暴動にまで発展しました。でも、その禁止令では食べ物に関しては一切触れられていません。



1659年に公布されたクリスマス禁止事項 (public domain)

 

クリスマスと断食が重なった!


唯一、クリスマスの食べ物に関して布告が出たのは、清教徒革命の内戦中、チャールズ一世が戦いに負ける直前の1644年。

 

その為、議会は、「キリストを思うふりをしながら彼のことをすっかり忘れ、現世的官能的な喜びに身を任せた我々の罪と、先祖の罪を思い出す為に、厳粛なものにすべきである」と、人々に断食をするよう勧めました。清教徒とは何の関係もないのです。



ミンスパイが武器に

 

ではどうして「清教徒がミンスパイを禁止した」という話が出回ったのでしょう。これは クリスマス禁止令に対し作られた、清教徒を揶揄したパンフレットや、1661年に出版された本に紹介された韻文に基づいています。その中に「Treason’s in a December-pye12月のパイは反逆罪)」という一文があります。これは清教徒への風刺なのですが、後世の人々(おそらく君主主義者)がそれを額面通りに紹介し、ミンスパイは政治的武器と化したのです。

 

 

ミンス抜きミンスパイになったのはいつ?


さて、ではいつからミンスパイは肉無しになったのでしょう。どうも18世紀に砂糖が植民地の西インド諸島から入手できるようになり、安価になってからのようです。以前に紹介した「主婦の鏡」Hannah Glasse1747年に出版したレシピでは、肉はオプショナルとなっています。

 

18世紀のレシピを調べたKevin Carterによると、36のミンスパイのレシピの内、三分の一は肉無しだったそうです。19世紀になって出版されたレシピ本を見ると、肉が入ってたり入ってなかったりするようです。

 

ちなみに、ミンスパイの形が長方形から丸型に変わったのは17世紀後半で、サイズはまちまちだったようです。

 

現在は肉入りのミンスパイの方が考えられません。甘いミンスパイを食べながらスパイス入りの温かいワイン(mulled wine)を飲む。それがイギリス流クリスマス時期の過ごし方なのです。ちなみに 24日の夜には、サンタさんのためにもミンスパイを用意しておくのを忘れずに。(トナカイの為に人参も!)

©モリスの城

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<参考文献>

Love, Suzie, 2014, History of Chrismases Past (Suzie Love)
Macdonald, Allan J. 2017, A Jolly Folly?: The Propriety of the Christian Endorsement of Christmas (Wipf and Stock)
Raffald, Elizabeth, 1786, The Experienced English Housekeeper: For the Use and Ease of Laides, Housekeepers, Cooks, &C… (Google Books)
Rätsch, Christian, Müller-Ebeling, Claudia, 2006, Pagan Christmas: The Plants, Spirits, and Riturals at the Origins of Yuletide (Inner Traditions)
Weir, Alison, Clarke Siobhan, 2018, A Tudor Christmas (Jonathan Cape) 

Professor Bernard Capp, Warwick University pod cast on Christmas ban
http://blog.english-heritage.org.uk/recipe-for-real-mince-pies/
https://savoringthepast.net/2012/12/19/the-christmas-pie/