ダイニングルームにあるしみの正体を見定めるために、ダイニングルームの上にある部屋、バスルームの改装をすることになりました。お風呂のまわりの壁には黒いカビのあとがあり、どちらにしても直したいと思っていました。そこでふと思ったのが、隣の部屋との仕切りの壁。これがとても薄いのです。この壁の反対側には書斎として使っている部屋がありますが、もともとは一つの部屋だったのではないか。それではいつバスルームができたのだろう?疑問がわいてきました。
バスルームは三位一体
イギリスではお風呂/シャワーとトイレ、洗面台がバスルームに入っています。お風呂だけ、シャワーだけの場合もありますし、トイレが別にある場合もありますが、基本的にバスルームというと、この三位一体を意味します。トイレ、シャワー、風呂おけの歴史はまた別の機会に書く事にして、今回はお風呂の歴史からバスルームに迫ってみたいと思います。
バスルームの歴史は古い
お風呂の歴史はとても古く、紀元前2600年から1900年に繁栄したインダス文明のモヘンジョ=ダロの遺跡は、家々が排水施設が整っていた事を示しており、実際ほとんどの家にバスルームがあったと考えられています。
ミノア文明のクノッソス宮殿(紀元前1900年頃に建築、紀元前1700年頃に改築)の女王のバスルームには、テラコッタ製の浴槽がありました。隣にはトイレもあり、排水施設もありました。
古代ローマの公共浴場
古代ローマ時代の家々には水が供給されていましたが、多くの人は公衆浴場へ行きました。
古代ローマ皇帝ハドリアヌスが使ったと言われている大理石の風呂桶© The Board of Trustees of the Science Museum (creative commons) |
イギリスもローマ軍が駐屯していた所には公衆浴場が作られました。それの最たるものが、温泉地のBathにあるローマ浴場跡です。紀元後60〜70年にまず神殿が作られ、その後300年かけてその周りに様々な浴場が作られました。
Bath |
古代ローマ時代の公衆浴場は、様々なお風呂だけでなく、食事やワインを楽しみ、ジムもあり、社交場であったことがわかります。時期によっては男女別になっていた時も、混浴だった時もあります。577年にサクソン人がこの町を勝ち取ってからは、その浴場も使われなくなり、放置されてしまいます。
公衆浴場は快楽的すぎる
ローマ帝国崩壊後、イギリスの人々が、ローマ時代の人々の様にお風呂に入ることがなくなってしまったと言われていますが、その理由は通説によると大きく分けて二つあります。一つにはキリスト教の普及により、快楽主義的な公衆浴場の使用が禁止されたことです。とはいえ、6世紀のローマ教皇、グレゴリウス一世は、日曜日に「時間を無駄にする贅沢」にならない程度なら入浴を許しています。二つにはローマ帝国の崩壊後、不安定な社会情勢や度重なる戦争の結果、その建築技術が失われてしまった事です。
修道院で守られる入浴文化
とはいっても、入浴文化は修道院で守られました。12世紀には修道院に水がひかれていたことがわかっています。僧たちは週に一度は足を洗いました。それでなくても、長旅の後は足を洗いました。ベネディクト会の僧たちは、1年に四回にはお風呂に入らなければなりませんでした。それよりも頻繁にお風呂は使われていたようです。というのは修行のために、水風呂が使われていたからです。
王族は入浴を楽しむ
ジョン王(1199-1216)は、移動する時には必ずバスタブを持っていったと言われています。1351年には、エドワード三世が、ウェストミンスター宮殿のお風呂にお湯と水を引いたそうです。ヘンリー四世は、騎士の叙任の際には、その者はその前に入浴して、心身を清めなければいけないと定めました。
普通の人は?
中世の人はお風呂に入らず、汚かったような印象を受けますが、当時のマナー本によると、手、顔、歯は毎朝洗わなければならないとされています。もちろん当時普通の家には水道はなく、手、顔、歯は寝室で水差しと洗面器で洗いました。階級にかかわらず、食事の前と後には必ず手を洗わなければいけませんでした。
十字軍により公衆浴場再び
温かいお風呂がイギリスに再び現れるのは12世紀です。これは、十字軍の遠征で中東に行った人々が素晴らしい公衆風呂文化に触れ、それを持ち帰った事にあります。ロンドンのテムズ川沿いのサウスバンクだけでも、18の公衆風呂ができました。
ところで、中はどうなっていたのでしょう。私は温泉のような所を想像していましたが、実は広い部屋に小さい風呂桶が列に並べてあるものでした。
水は隣接したパン屋さんのオーブンから生じる熱で温められましたが、焼き石を風呂桶に入れて温度を上げました。
風呂桶には布が引いてあり、それは頭上でむすんで蒸し風呂のように入る事もできました。
シチューのようなお風呂
これらは「シチュー(stew)」と呼ばれました。その語源について3つの説があります。シチューのようにぐらぐら煮られている気になるから、という のが一つ。お湯を温める「stove」からきた、というのが二つ。そして、魚を養殖する生け簀の事を同じく「stew」と呼んだのだそうですが、そこから きたという説。お風呂に入って魚の様な気になったのか、野菜のような気になったのか、どちらにしても混浴で、とても人気でした。お湯が入ると男の子達が通りを走り回り、温かいお風呂が入った事を知らせました。
病気により公衆浴場が閉鎖
しかし、公衆浴場は、1546年にヘンリー八世により閉鎖されます。これはこれらの公衆浴場が売春宿にもなっており、梅毒が流行ったからです。
また、イギリスではペストが1348年から1665年に何度も大流行し、多くの死者がでました。当時は、ペストは瘴気によりうつると考えられていた為、他人のいるところで水に浸かったりサウナ等で毛穴をひらいたりすると危険だと考えられ、それがお風呂や体を洗う事を避ける原因になったと考えられています。
外国からきた女王はお風呂に入る
1714年には、ジョージ二世の王妃となるキャロライン妃が、現ドイツのアンスバッハからイギリスへやってきます。当時ほとんどお風呂に入る事のなかったイギリス貴族達は、彼女があまりに頻繁にお風呂にはいるのでびっくりした様です。
療養のための入浴
18世紀の後半になるとBathやCheltenham、Leamingtonといった場所の温泉の効用が注目され流行ります。1840年までには全国で190カ所の温泉地ができましたが、これは清潔さを求めるというよりも療養の為に入るという感じでした。
労働階級のための公衆浴場
18世紀末から、産業革命により、爆発的に都市部の人口が増えます。建てても建てても住宅数は間に合わず、多くの貧しい人々は、何家族もが一つの屋根の下に住む、過酷な条件の下で暮らしていました。その為病気が蔓延し、死亡率も急激に増えました。貧しい人達は、手や顔は定期的に洗っていたものの、体に関してはたまに川や海で水につかるだけでした。1842年のレポートにより、都市部のコレラを始めとする病気率死亡率の原因が、不潔さによるものだと発見した政府は、1845年に一般向けの公衆浴場を開きます。
19世紀の公衆浴場 |
そこには、冷水風呂、温水風呂、海水風呂、温かい海水風呂、トルコ風呂(サウナのようなもの)など、様々な風呂があったようです。もちろん、風呂によって値段が変わり、冷水風呂が一番安かったようです。
下水システム
1858年の夏は猛暑で、汚水が垂れ流しになっていたテムズ川の匂いがあまりにひどくなり、議会の業務に支障をきたたので、議会は閉鎖されなければいけませんでした。これはthe Great Stink of London(ロンドン大悪臭)と呼ばれています。そこでなんとかしなければと、政府に委託された土木技士のJoseph Bazalgetteが地下下水システムを作りました。
公衆浴場と下水システムのおかげで、1870年代には死亡率がかなり下がりました。
一般家庭での室内バスルームの誕生
中流階級の人々は、19世紀半ばぐらいから室内にバスルームを作り始めました。1920年に建てられた公共住宅は、最初からバスルームをそなえていました。それでも、20世紀半ばになっても、まだバスルームのない家が半数以上でした。上流階級のお屋敷でも、バスルームがないところもありました。
19世紀後半にカーディフ城に作られたバスルーム |
衛生観念の変化
こうしてみると、やはりこの家が建てられた時には、屋内バスルームがなかったことになります。実際に、いつ頃この家にバスルームがつけられたのでしょうね。もう少し調査が必要なようです。
ここ150年ぐらいで、衛生に対する考え方がとても変わりました。最近20年ぐらいは、皆で使うファミリーバスルームの他に、寝室にもバスルーム(en suite bathroom)が付いている家がどんどん建てられています。古い家でも寝室にバスルームを付けたり、小さい部屋を潰してバスルームにしている人も多いです。それだけ私達が身の回りに気をつける様になったということなのでしょうね。
*2022年5月更新
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<参考文献>
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Armstrong, Alan, Baber, C, et al., 1993, The Cambridge Social History of Britain, 1750-1950 Vol.1 (Cambridge University Press)
Colman, Penny, Toilets, Bathtubs, Sinks, and Sewers: A History of the Bathroom (Kindle)
Farman, John Farman, 2001, The Very Bloody History of London (Random House)
Khan, Saifullah, 2014, ‘Sanitation and Wastewater Technologies in Harappa/Indus Valley Civilization (ca. 2600-1900BC)’ from Evolution of Sanitation and Wastewater Technologies through the Centuries (IWA Publishing)
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Wright, Lawrence, 1963, Clean and Decent: The History of the Bathroom and the W.C. (Routledge & Kegan Paul)
City of Bath World Heritage Site Management Plan
The Guardian
こんにちは。今日はお風呂の話ですね。以前読んだMartin Kempの自伝には、1970年代初頭でもイギリスの地方都市では各戸にトイレがなく、共同だったと書いてありました。お風呂も当然なかったのでしょうか。水回りのことは、生活に密着しているのでとても面白いです。フランスのマリー・アントワネットもお風呂に入るときは薄絹をまとって入り、その姿で謁見もしたとか聞いたこともあります。また、どんどんUPをお待ちしております。
返信削除Shimonanさん、コメントありがとうございます!ご指摘の通り、屋外トイレは1970年代でもまだ沢山あった様です。トイレの歴史についてはまた別に書きたいと思っています。お風呂に関してですが、1971年でも大ロンドン(Greater London)だけで50万以上の家庭で共同風呂を使っていたそうです。
返信削除こんにちは。突然失礼します。こちら参考した文献等教えていただくことは可能でしょうか?
返信削除すみません、コメントに気がつかず、返答が遅れたことをお許しください。もしかしたらもう必要ないかもしれませんが、こちらに記しておきます。現在は基本的に出版された本のみを参考にしておりますが、ブログを書き始めた時は、それだけでなく、ウェブ上の記事も参考にしておりました。今回確認して残念ながら見れなくなっているものもありますから、それは除きました。将来的にはまたリサーチをし直して書き直したいとは思っております。
返信削除Berclouw, Marja, 2013, “A Prosaic but Useful Service: Bathhouse and Washhouses, an Idea Whose Time Had Come” (The Victorian Web website)
Colman, Penny, 2011, Toilets, Bathtubs, Sinks, and Sewers: A History of the Bathroom (Kindle)
Farman, John, 2012, The Very Bloody History of London (Random House)
Hodson, Jacquelyn, 2002, “The Smell of the Middle Ages” (Trivium Publishing LLC website)
Lambert, Tim, “A Brief History of Baths and Showers” (Local Histories website)
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Khan, Saifullah, “Chapter 2 Sanitation and Wastewater Technologies in Harappa/Indus Valley Civilization (ca. 26001900BC) (Academia.edu website)
Ancient Wisdom website
City of Bath World Heritage Site Management Plan
Medievalists.net (“Did people in the Middle Ages take bath?”)
2022年4月に再度見直しをして、書き直しました。
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