一番大切な食事
以前に昼食は1日で一番重要な食事だったと書きました。しかし、生活のリズムが変わるにつれdinnerの時間が遅くなり、16世紀には朝11時だったのが、17世紀には12〜1時、18世紀半ばまでには2〜3時、18世紀後半までには4〜5時になります。
農業従事者の休み時間
Dinnerの時間が遅くなると、朝ごはんとdinnerの間に何かつまみたくなります。17世紀後半に使われるようになったのがLuncheonという言葉です。中世の頃から農業従事者の休み時間としてnuncheonがありました。これは、日の出から9時間目を表わすnoonと飲み物を表わすscenchと言う言葉を掛け合わせた単語です。
飲み物だけでなくもう少し時間をとってlump(塊—パンの事。スペイン語のスライスlonjaという説もある)も食べるという事で、nuncheonとlumpLuncheonという言葉が生まれました。最初に記録に残っているのは1652年だそうです。でも私たちが思い浮かべる昼食になるまでにはまだ時間がかかりました。
産業革命が食事を時間を変える
炭鉱に落としても壊れないパイ
例えばCornish Pastyは、17〜18世紀にコーンウォール地方の炭鉱労働者の為に生まれたものです。
A Cornish pasty made by Warrens cut in half. The filling is beef steak, potato, turnip and onion by David Johnson (creative commons) |
ゲームしながら食べれるもの
もちろん、イギリスでランチといえばサンドイッチです。サンドイッチ伯爵ジョン・モンタギューがサンドイッチを「発明」したのは1760頃だと言われています。
この話は1770年に発行されたLondresという旅行書の中に記載された事がきっかけで有名になりました。著者のGrosleyは1765年にロンドンに滞在した時の事をこう書いています。
「大臣は24時間ゲームテーブルで過ごし、熱中していたあまり、ゲームの間、2枚のトーストに挟んだローストビーフ以外の物は口にしなかった。ゲームを中断する事なく食べられるこの新しい料理は、私のロンドン滞在中、非常にトレンディになり、それを発明した大臣の名前で呼ばれていた」
蛇足ですが、私がロンドンに最初に滞在した1980年後半。その頃にはありとあらゆるところにサンドイッチバーがありました。具が何十種類も並んでおり、好きなパンに好きな具を選んで挟んで作ってもらい、それを持って近くの公園で食べたものです。でも1990年後半にはそのような店はほとんど見かけなくなりました。
レディもお腹すくの
さて、19世紀の初頭にはdinnerの時間まで待てない上流階級のレディ達が1時ぐらいに軽食をとるようになりました。通常家の中で一人で、または近親の者と一緒にパンにハム、チーズ、フルーツ、そしてワインか紅茶かコーヒーといったものを食しました。
それが次第に友達を呼んで一緒に食べるようになり、Luncheonと呼ばれるようになりました。「自然に帰れ」と呼びかけた時代。農夫の習慣からインスピレーションを得たのかもしれません。
これには男性は含まれませんでした。上流階級の男性は通常家にいなく、お腹がすくとタバーンやコーヒーハウス、または行きつけの会員制のクラブで食べましたが、「ランチョン」という言葉は女々しいと思われたのでしょう、使われませんでした。
男性も使い始める
学校給食
見るに見かねて、マンチェスター市が1879年に、初めて貧しい子供達に学校給食を提供しました。それは他の地区にも広がりましたが、全国的ではありませんでした。
Lunchtime in the canteen at Chipstead Counci School in Surrey during 1942 (public domain) |
戦争のおかげでできた食堂
戦争は工場で働く人々の昼食も変えました。
フランスとの戦争が1815年に終わりますが、その影響で食物の値段が高騰し、労働者は生活に苦しんでいました。フランス革命の影響で労働者が力を持つのを恐れた政府は、デモを厳しく取り締まりますが、それは逆効果で、労働組合が広がり、ますます力を持つようになり、労働者の安全と健康への関心が高まっていきました。
第1次世界大戦中には、生産性を高めるため、工場に食堂が作られるようになり、お昼に栄養価の高い温かい食事を取れるようになりました。それは戦後の学校給食のモデルともなりました。ちなみに食堂で出される食事はdinnerと呼ばれ、食堂のおばさんはdinner ladyと呼ばれています。
お昼はランチでディナー
以前食事の話は同僚とのおしゃべりから始まったと書きましたが、同僚の「スクールディナーがディナーというのは、ほとんどの子供は貧しくて、学校で食べる食事がメインの食事だったから」という説には信憑性があります。それまでパンの塊とりんごぐらいで済ませていたのが、温かい食事を取れるようになり、お昼の温かい食事は、歴史的にdinnerと呼ばれていたからかもしれません。もちろんランチという言葉が、まだ当時富裕層のものであったいう理由もあると思います。
現在、労働階級の人やロンドンから離れた地方の出身者は昼食のことを「dinner」と呼び、中上流階級者やロンドン近郊出身者は「lunch」というそうです。ところで、中上流階級者やロンドン近郊出身者は夕食のことを「dinner」と呼びますが、では労働階級の人や地方出身者たちは夕食のことを何というのでしょう?これは次回に検証してみたいと思います。
Allen, Robert W. and Albala, Ken, 2003, Food in Early Modern Europe (Food Through History): Greenwood
Gillard D, 2003, Food for Thought: child nutrition, the
school dinner and the food industry
(www.educationengland.org.uk/articles/22food.html )
Johnson, Ben, The Cornish Pasty, Historic UK (http://www.historic-uk.com/CultureUK/The-Cornish-Pasty/)
Kane, Kathryn, Mealtime of the Regency Day, The Regency Redingote (https://regencyredingote.wordpress.com/2009/06/12/mealtimes-of-the-regency-day/)
Trade Union Congress, History Online (http://www.unionhistory.info/timeline/1815_1834.php)
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