2019年7月13日土曜日

Q:イギリスではクジラの脂でできたろうそくを使っていたの? 灯りの歴史


20197月から日本では商業捕鯨が再開されました。私が小学生の時には給食に鯨肉の大和煮が出されました。私は今でも教科書の中で見た鯨の絵を鮮明に覚えています。鯨というのは肉だけでなく、骨皮やヒゲに至るまで利用できる、無駄のない貴重な資源だと学びました。

 
 

日本の捕鯨


日本では手銛による捕鯨が始まったのは12世紀です。20世紀に入ると南氷洋まで船を派遣するようになりますが、実は大規模な捕鯨が始まったのは比較的最近、第二次世界大戦の後だそうです。アメリカが、戦後食糧不足に悩む日本に捕鯨を推奨し、鯨肉は主要なタンパク源になりました。

 

ご存知の通り、現在世界の世論は捕鯨反対です。グリーンピースによると、クジラの数が格段に減少し、絶滅の危機に瀕しているそうです。これは世界各国による捕鯨だけでなく、海水汚染や気候変動も原因です。戦後と違い、食べるものに溢れている今、日本で商業捕鯨をする必要はあるのか問われています。

 

さて、なぜ私が捕鯨について話を始めたかというと、イギリスでは昔鯨蝋の蝋燭が使われていたことを発見したからです。まずは、家の中の明かりがどのように発達して行ったのか見てみたいと思います。



灯りの始まり

 

人間は火を使うようになってからずっと、明かりと付き合ってきました。18000年前の石器時代、フランスのラスコーでは石灰岩のくぼみに獣脂を入れ、それに火を灯して壁画を描いていたようです。揺れる炎に灯された動物たちは、まるで生きているかのように動いて見えたことでしょう。


ラスコーの洞窟内で見つかった砂岩で出来たランプ Le Musée national de Préhistoire所蔵Wikimedia Commons

蜜蝋のろうそく


蜜蝋のろうそくが最初に作られたのは、古代エジプトだと考えられています。蜜蝋は香りが良く、炎が揺れにくく、ムラなく燃えるので、時間を計るのにも使われました。

 

イギリスに蜜蝋のろうそくやろうそく立てが紹介されたのは、古代ローマ人が駐屯していた時代です。

 

 

オイルランプ


また、素焼きの、そして金属製のオイルランプももたらされました。古代ローマ人のオイルランプはオリーブオイルを使っており、イギリスではオリーブオイルが取れないので貴重なものでした。

 

イギリスでは原生の菜の花からとれる菜種油が少なくとも14世紀以降から徐々に使われるようになりました。

古代ローマ時代のオイルランプ Wikimedia Commons
 

外出禁止令

 

以前に街灯の話で書きましたが、1066年にイングランドを征服したノルマン人のウィリアム1世(10271087年)はその2年後に、人々が反逆を企てないように、そして火の消し忘れで火事が出ないように、夜の外出禁止令を発令したと言われています。

 

9時過ぎても明るい夏には日が暮れたら、冬には夜8時には鐘が鳴り響き、人々は暖炉に蓋をかぶせ、ろうそくの火を消して、ベッドに入りました。



一般の人は獣脂ろうそく

 

蜜蝋は手に入りづらく、高価でした。ですから教会や一部の富裕層しか使うことができませんでした。一般の人々は獣脂を使いました。マトンの脂のものは牛脂のものよりも質が良く、長く持ちました。

 

ちなみに獣脂ろうそくの業者団体The Tallow Chandlers Company1300年ぐらいにできたそうです。1456年にはエドワード4世から紋章を与えられています。蜜蝋ろうそくの業者団体The Worshipful Company of Wax Chandlers1371年にでき、1484年にリチャード3世から勅許を得ています。

 
1726年にMist's Weekly Journal London出版された獣脂ろうそく広告 Wikimedia Commons
 

ステッキの幽霊


貧困層はなかなか肉を食べる機会もなかったものですから、台所で使った油に灯芯草を浸して乾かしてできたたもの(rushlight)を使いました。そのろうそくは細くて折れやすく、「ステッキの幽霊のようだ」と19世紀の作家チャールズ・ディケンズは言っています。

子供よりも鳥のほうが大事?

産業革命以前の人々にとって、ろうそくを無駄使いすることは贅沢で浪費だと思われました。特に子供達と召使いには厳しい目が向けられました。出費はもちろんの事、子供や召使いの部屋は通常最上階にありましたから、部屋までろうそくを運ぶと燃え尽きるのが早くなること、そして火事の危険性が高くなることもその理由でした。

 

 明かりの浪費を気にしていたのは一般家庭だけではありませんでした。王族貴族の館でもろうそくは厳しく管理されており、夜を通して明かりを灯されることが許されていたのは、厩と鷲や鷹の小屋だけでした。どれだけこれらの動物が貴重だったか窺われます。

 

アーガンドランプの登場

 

1783年にスイス人の化学者、アーガンド(Francois Ami Argand, 1750-)は新しいランプを開発しました。パリでお披露目をしましたが、反応は良くなかったので、イギリスの蒸気機関の発明家James Wattの会社Watt & Boultonに連絡を取り、ビジネスを一任します。前回も書きましたが、Watt & Boultonはガス灯を発明したウィンザーが働いていた会社です。

 

アーガントのランプは芯が筒型なっていたので、外側からも内側からも空気が供給されました。これに加えて、炎をガラスの筒で囲ってあったので、周りの空気の動きに左右されることがありませんでした。そのため高温で燃える芯からは明るく揺れない炎が出て、従来のものに比べるとすすもほとんど出ませんでした。

 

アーガンドのもう一つの発明は、芯を長くしたり短くしたりできるシステムでした。そうすることにより、オイルの供給をコントロールでき、明るさも調整できました。ただし、明るいと言っても現在の40ワットの電球の1/10の明るさでした。

 

1930年頃にイギリスで作られたアーガントランプ Peabody Essex Museum所蔵
   

イギリスの捕鯨


18世紀半ばになると、蜜蝋と獣脂ろうそくに加えて、クジラの脂でできたろうそく(spermaceti)が使われるようになります。鯨蝋ろうそくは蜜蝋ろうそくよりも手ごろでしたが、獣脂ろうそくよりも高価でした。

 

イギリスが商業捕鯨を始めたのは17世紀でしたが、捕鯨に関してはオランダが優勢でした。18世紀前半にはその難しさとリスクの大きさに、イギリスは捕鯨に対してかなり慎重になります。

 

一方、植民地、特にアメリカでは捕鯨は盛んに行われました。18世紀半ばにマッコウクジラが取れるようになると、ろうそく業界に変貌をもたらします。マッコウクジラの頭からとれる油脂を冷やして油分を取り除いた結晶性の蝋は、獣脂よりも高質でした。

 

 

鯨蝋ろうそくは美しく、匂いがよく、明るい


鯨蝋ろうそくは獣脂ろうそくよりも美しく、匂いもよく、2倍の時間は持ち、明るかったのです。1761年までには、アメリカで生産された鯨蝋ろうそくが、ロンドンの富裕層の家で使われるようになりました。他の鯨の油も、オランダから買うよりも植民地から買ったほうがずっと安価に入手できました。

 
 

鯨油は人気


イギリスでは産業革命真っ只中で、機械の維持にオイルが不可欠でしたので、大量の鯨油が使われていました。コットン業界でもオイルを多量に使いましたが、菜種油の方が色がつかなくて、柔らかく仕上がるので好まれました。

 

でも、1815年ぐらいまで、安い鯨油は特に軍用の衣類や布に使われました。街灯にも鯨油が使われました。鯨の骨は女性のスカートやボディスを支えるのに使われました。アメリカはますます捕鯨に力を入れます。

 

鯨脂ろうそくと鯨油 Wikimedia Commons
 

独立戦争の捕鯨への影響


ただ、どんどん厳しくなるイギリスの課税の締め付けに、ついにアメリカ独立戦争(17751783年)が勃発します。イギリス軍に取り押えられる危険から船を出すこともままならず、船員たちは自国の為に戦い、捕鯨業界はダメージを被りました。実際、アメリカの捕鯨は10年間に渡って停止しました。

 

イギリスは自国の捕鯨船を南洋に送り、自分たちでマッコウクジラを捕まえるようになります。戦争が終わって政情も落ち着き、油の需要も増えると、アメリカの捕鯨が再開します。

 
 

石油発見


しかし1859年に石油が発見され、1961年に南北戦争が始まると、アメリカの捕鯨は縮小されます。一方イギリスは、19世紀半ばには安い種子油の輸入により、捕鯨は打撃を受けます。

 
Thomas A. Binks「Hull Whalers in the Arctic」(1822年)Ferens Art Gallery所蔵 Wikimedia Commons
 

石油は優雅な光を放つ


菜種油は粘度が高く、ランプのメカニズムが詰まってしまうことがよくありました。そこで1860年半ばから使い勝手のいいパラフィンが使われるようになりました。

 

スコットランド人の化学者ジェームス・ヤング(James Young)は石油精製の父で、1847年に炭鉱の頁岩からパラフィンを作る技術を開発しました。

 

パラフィンオイルについて最も古いアメリカのハンドブックにはこうあります。

 

「これが燃えるところを見たことのない人は安心してください。その光は月明かりではありません。それよりも暗闇とは程遠い、力強い、澄んで明るい日中の光に近いのです。(中略)言ってみれば、石油は優雅な光を放ちます。世界でもっとも明るく、もっとも安い明かりです。王様や王族にふさわしい明かりで、民主党支持者にも共和党支持者にもふさわしくないなんてことはありません」

 

 
パラフィンランプ Wikimedia Commons
 

ステアリン製ろうそく


それまで主に使われていた獣脂は暗く、臭く、暑い日には溶けてしまいました。脂肪酸の研究をしていたフランスの化学者ミシェル=ウジェーヌ・シュヴルール(Michele-Eugène Chevreul)は、1832年にはステアリン製のろうそくを開発します。

 

それは1835年にイギリスに紹介され、現在キャンドルメーカーとして有名なPrice’sの前身Messrs Edward Price and Company of Batterseaによって製造販売されました。このろうそくは大成功で、ビクトリア女王の結婚式にも使われました。 

 
George Hayter「Victoria Marriage」Royal Collection所蔵 Wikimedia Commons
 

パラフィンワックス


1853年にはビルマで取れた原油からパラフィンワックスを製造する方法がイギリスで開発され、Price’sもその商業化への研究開発に関わり、その後原油の輸入も始めました。ところが、輸送費が高く、ろうそくの値段が下がり始めたこともあり、1858年にはビルマからの原油の輸入は諦め、その代わりに、アメリカから安いワックスを購買するようになりました。



鯨脂vs石油

 

このように、19世紀後半から、鯨脂は徐々に石油に取って代わられました。また乱獲により鯨の数が減って世界的に危機感が広がりました。

 

1925年には国際連盟でその問題が取り上げられ、1948年には国際捕鯨委員会が発足しました。国際的に捕鯨制限の方向に動いている時にGHQの最高司令官マッカーサーが日本に捕鯨を推奨したことで、アメリカ国内でも国際的にもかなりもめたようです。

 

イギリスでは鯨肉は食用に使われていませんでしたが、第二次世界大戦の後の食糧危機の時には、やはり政府が鯨肉を推奨したそうです。他の肉と違い配給の対象にならなかったので、病院や学校の食事によく使われました。

 

ちなみに現在ではイギリスでは捕鯨の話はできませんし、鯨肉というとあからさまに嫌な顔をされます。石油の発見が鯨を絶滅から救ったという人もいますが、もちろん、石油業界が環境に及ぼす影響を考えると、喜んでばかりはいられません。


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<参考文献>

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日本捕鯨協会ウェブサイト
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グリーンピースUKウェブサイト
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