2019年8月7日水曜日

Q:イギリス人は灯りの近代化にどのように反応したの? 灯りの歴史

前回灯りの歴史について、ろうそくとオイルランプについて見てきましたが、ではいつからガスが家庭用照明として使われるようになったのでしょう。また、イギリス人はそれに対してどのように反応したのでしょうか。

 


裕福な家の召使い用

 

以前ガス灯はウィリアム・マードックによって発明されたと書きました。1792年に、彼は自宅をガスで灯すことに成功しています。

 

ロンドンでは1812年から、そして1830年代までにはほとんどの街にガスが引かれ、通りはガスの街灯で灯されるようになりました。1840年代までには人々は家にガス灯を取り入れ始めました。

 
 

とはいえ、みんなが家の中にガスを取り入れたわけではありませんでした。1912年に照明学会(Illuminating Engineering Society)の出版した『The Illuminating Engineer 』の中には、「ガスは中流階級の贅沢品だ。大理石でできたウエストエンドのホールに侵入することはないし、貧しい人には手が届かない。裕福な人の台所や召使いのオフィスには許され、労働者のクラブであるパブの呼び物になっている」と書かれています。



ガスメーターのように嘘をつく

 

ガスの使用量を図るメーターは1815年に発明されましたが、初期のガス使用者にはメーターは使われていませんでした。その代わり、照明数とそのタイプ、そして使用時間によって年に四回請求されました。ですから、ある程度まとまったお金がなければ支払いができなかったのです。

 

ガスメーターがロンドンで最初に使われたのは1862年です。1890年にはコインを入れてその分だけガスが使えるメーターが導入され、労働者クラスでもガスの照明が使えるようになり、顧客数が劇的に増えました。

 

とはいえ、ガスメーターはガス会社に都合がよくできていると思われており、「lies like a gas-meter(ガスメーターのように嘘をつく)」という表現が少なくとも1897122日から使われており、1911年版のThe Oxford Concise Dictionaryにも載っています。

 

現在でも賃貸の場合、コインを入れるガスメーターが付いている場合もあります。最近はコインだけでなく、プリペイドカードを使うものが主流になっています。2015年の調査によると、全顧客の16%はまだ前払いメーターを使用していました。


JJ Braddock gas meter, 1882, via Creative Commons
 
Gas meter by A Willey & Co. via Creative Commons

ガスは臭すぎて家具を傷める


ただ、ガスを使わないのは貧しい人たちだけではなかったのです。 

 

1781年に建てられた邸宅Beech Hill Park1940年台後半までろうそくしかなかったそうです。多くの田舎の貴族の大邸宅では、自分たち専用のガス発生装置を持っていましたが、ガスの照明がつけられたのは召使いが使う部屋のみでした。これは召使いが夜遅くまで働けるようにです。

 

工場にガス灯が導入されたのも同じですが、ガスの照明のおかげで労働者や召使いは長時間労働を強いられることになったのです。

 

上流階級の人々は、ガスは臭すぎてアンティーク家具を傷つけると考えていました。ここに彼らの新しいものに対する恐怖心が伺えます。

 

 

ガスは下品

 

ウェールズにある1682年に建てられたErddigでは、専用の召使いが40個あるオイルランプを常にきれいにしていたそうです。でないと「天井から部屋の中のものすべてがベタベタしたススで覆われ」たからです。

 

レスターシャーにあるベルボア城ではガスは「下品」だとして、3人のランプ&ろうそく担当者がフルタイムで、ランプとろうそくのメインテナンスを行っていたそうです。

 

1915年にLongleat でランプボーイとして働いたGordon Grimmettは「イギリスのパブリックスクールのシステムは、スパルタ式の生活の美徳を教え込み、子供の頃に植え付けられた考えは頑なに変わらないようだ。(中略)そのせいで私は毎日、400個のランプを集め、きれいにし、トリミングし、油をいっぱいまで入れないといけなかった」と言っています。



中流家庭のガス灯

 

さて、ではガスの照明は中流家庭の家の中で、実際にどのように使われていたのでしょう。ろうそくやオイルランプと違い、ガス灯は管でガスを配給しますから持ち運びできません。ですから、家の中にガス灯を備える時には事前に慎重に計画する必要があったのです。

 

Old-House Journalには、どこに照明がつけられたかが記されています。これはアメリカの雑誌ですが、イギリスでも似たようなものだったと想像できます。

 

寝室には通常天井照明は使われませんでした。その代わりに、壁付け照明が使われました。ベッドの両脇、洗面台のところ、ドレッサーの近くなどです。バスルームには洗面台の近くに壁付け照明が一つと、トイレとバスタブの近くにもう一つ。キッチンには、シンプルな天井照明がワークテーブルの上に、そして流し台とレンジの近くに壁付け照明。

 

客をもてなすダイニングルームには、ガソリエ(ガスのシャンデリア)が取り付けられました。ダイニングルームのガソリエは食べ物がよく見えるように、上げ下げ可能なものもありました。また、暖炉の両脇には壁付け照明が取り付けられました。



アメリカでは応接間であるパーラーにもガソリエが使われたそうですが、イギリスではパーラーにはガスは嫌われました。その代わりろうそくやオイルランプが好まれました。中流家庭でもガス灯は家具や絵画にダメージを与えると考えられていたからです。

 

19世紀末の家庭のパーラーを再現したもの。この日は天気が良く、この写真では電気の卓上ランプが灯っているが、それでもかなり暗い。
 

ガソリエは下品


ただイギリス人はあまり人気が出すぎたものに対しては見下す癖があるようです。最初のうちは流行の先端をいっていたガソリエも、19世紀末に出版されたインテリアデザインの本の中で、Mrs Loftieは「ガソリエほど下品で不格好なものはない」と言っています。


Gasolier c1880 via Creative Commons
 

ガス照明の影響

 

ガスの明かりはロウソクやランプに比べると眩しかった為、1854年に書かれた「Pictorial Handbook of London」は、ランプ用のオイルやろうそく用の蜜蝋や獣蝋の消費は増えている、というのも、以前は十分だと思っていた家の中の明かりに満足できなくなっているからだ、としています。

 

ただ、ビクトリア時代の家は比較的部屋が小さく、換気が良くない部屋でガス灯を使うのは危険でした。ビクトリア時代を描いた小説や映画では、よく気を失う女性が出てきますが、それはコルセットで締め付けられていたことの他に、ガスの照明のせいで酸欠になったという理由もあるそうです。

 

1880年代になると電球が発明され、ガスは電気と市場を争うようになります。そのあたりは次回に書いてみたいと思います。


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<参考文献>

The Concise Oxford Dictionary of Current English, Adapted by H.W. Fowler and F.G. Fowler, Authors of ‘King’s English’ from The Oxford Dictionary, 1911 (Clarendon Press)

Institute of Gas Technology, 1999, Natural Gas in Nontechnical Language (Pennwell)

Lethbridge, Lucy, 2013, Servants: A Downstairs History of Britain from the Nineteenth Century to Modern Times (W.W. Norton & Company)

Logan, Thad, 2001, The Victorian Parlour: A Cultural Study (Cambridge University Press)

Phillips, Gordon, 1999, Seven Centuries of Light: The Tallow Chandlers Company (Granta Edition)

Wilkinson, P.R., 2003, Thesaurus of Traditional English Metaphors (Routledge)

Worsley, Lucy, 2012, If Walls Could Talk: An Intimate History of the Home (Faber and Faber)

 

Old-House Journal, March – April 1989 issue (Active Interest Media)

Office of Gas and Electricity Markets (OFGEM)



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